第23話 バリザード発展計画

「ゾフォール商会! ゾフォール商会をよろしく! 新規開店ゾフォール商会、中央広場のすぐそばです!」

 シャルナの元気のいい声が店の中にいても届いた。

 今日はゾフォール商会バリザード支店の開店日なのだ。

「肌着からドレスまで! 作業服から武器防具まで! 薬草でもペンでもなんでもあります! なんでも揃えます! 欲しい物があるなら是非ゾフォール商会へ! 開店記念セールもやってますよーっ!」

 それにしても派手にやったもんだ。馬車に看板をつけてもいいかとわざわざ訊きにきたから、別にうちの専売特許ってわけじゃないしいいんじゃないかというと、なんとあいつら、乗合馬車のすべてに取りつけ、さらには宣伝用に馬車を借りて町中を練り歩きながらビラ撒きまでやりやがったんだ。

 撒き散らしてる紙だけでもかなりの出費だろうに、まさかここまで派手にやるとは思わなったおれは、いや、すべての市民が、もうすっかり度肝を抜かれている。

「今日は商売になりませんねえ」

 ウェイトレスの一人ロアナがそう呟いた。

「逆だ。むしろ馬鹿みたいに増えるぞ」

 ロアナはなんでといいたげに首をかしげる。

「広場周辺にはうち以外にも飲食店はあるからある程度はばらけるだろうが、飯どきに買い物をした客は必ずこのへんで飯を食うからな」

「あ、そっか」

 実はそれだけじゃない。

 まったくしたたかなことに、馬車看板にもビラにも、店の場所を「血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンすぐそば」と書いてある。

 こうすることでうちにも客が流れやすいように配慮しつつ、うちと仲良くやってますという控えめながらも確かなアピールをしているわけだ。

 しかし決して誇張ではない。

 ゾフォールは、禁止されている物以外なら売れる物はなんでも売る、をモットーとしており、その中には当然食品もあるし、ゾフォール印の飲食店もやっているそうだが、うちに遠慮してその方面には一切手を出さないと約束をもちかけてきた。そしてその代わりに、ゾフォールで仕入れられる食材・食器類などがあればなんでもいってくれともいってきたんだ。

 だからおれはためしに、

「なんとかバニラを安く多く手に入れられないか?」

 と訊いてみると、特別顧問の肩書きを引っ提げたシャルナは少し考え、

「ちょっと時間はかかると思いますけど、お任せあれ」

 と請け負ってくれた。

 いったいどんな手で入手するのか、ちょっと楽しみだ。

 どうにもあの香りがくせになっちまって、バニラ入りとそうでないスイーツを食べ比べると、どうしても後者が物足りなくなっちまったんだよなあ。

 なんならもう香水として部屋に置いときたいくらいだ。



 さあ、開店後は予想どおり大賑わいだ。

 ゾフォール目当てにやってきた、普段この辺には足を延ばさない市民や近隣の町の住民たちでごった返し、常連の主婦やギルド員たちは肩身が狭そうに隅で固まってる。一番の常連である市長すら入店をためらったほどだ。

 しかしさすがは市長、いつものテーブル席を諦め一瞬の隙を突いて空いたカウンターに陣取りやがった。

「こりゃあしばらく笑いがとまらんじゃろう」

「お互いにな。あんたのほうでもゾフォールには随分と肩入れしたらしいじゃないか」

 普段ランチタイムではあまり入る必要がないデシャップに入っているため、どうしてもカウンター席とはやりとりが発生しちまう。

「わしというよりドミじゃよ。この町を国一番の商業都市にするためには顔が広く健全な商売で有名なゾフォールがなんとしても必要じゃと前々からいうておったからな」

「まったく同感だな」

 おれもできれば呼びたいとは思っていたんだが、元ラジェルなんかのこまごまとしたやつらがとにかく数多くやってくるもんでその対応で手一杯になり、半ば諦めてたんだ。

「ひとまずそれは成功したわけじゃが、お陰で別の問題の対処を急がなくてはならんくなった。ああ、注文はいつものでな」

「わかってるよ。別の問題ってのは?」

「居住地の拡張じゃ」

「いくらなんでも気が早すぎないか?」

「大工ギルドをそれに専念させるとしても数が足らんし、そもそも専念させると他の仕事ができなくなってしまうからの、それは困るじゃろ」

「しかし、数百人程度なら余裕で空きがあるだろ?」

 おれたちがぶっ殺した商工会派の連中の住んでいた家やアパートの部屋がごっそり空いて、その家賃が取れなくなった大家が揃って悲鳴を上げたほどだ。

 とりあえずその不幸な大家たちには商工会から奪い取った埋蔵金で補助し、このさいに古い建物や部屋は改装するように指示しておいたから、これから人が増えるとなるとまずは彼らのところに入れるのが筋だろう。

 しかし、市長は首を振った。

「数百人ではない。数千人じゃ」

「はあ?」

「これは次のギルド会議と市議会で取り上げるつもりだったんじゃが、町を大幅に拡張しようと思っておる」

「数千人って……」

「目指すは一万じゃ」

 おいおい、マジかよ……人口倍増じゃねえか。

「ゾフォールがくるかどうかで計画は大きく変わることになっておったが、うまい具合にことが運んだのでな、早いうちから手をつけてしまおうということになったんじゃ。そういうわけじゃから、次の会議にはお主も出席してくれ」

「思い切ったな……」

「これもドミの考えじゃよ。もともと物流に関してはおぬしが多大な影響力を有しておったし、そこにゾフォールも加わるとなれば居住区と商業区を拡大し、農業は最小限に縮小していっそう物流を活発にしようとな」

 普通、よほどの都会でない限り農業は地産地消が常識だ。なによりもまず住民が飢えないことが最優先であって商売上の利益は二の次だからな。

 今までバリザードもそうだった。なぜなら物流は商工会が支配し、利益もそこに集中していたから、住民は住民で自分たちが飢えない程度の食料は自分たちで生産しなければならなかったからだ。

 しかし、三国の境界線に位置するこの町は本来、その必要がない。裏社会勢力の台頭さえなければドミが考えたように、そしておそらくゾフォールもそう考えているように、バリザードは一大商業都市として発展できるだけの条件を揃えている町なんだ。

 農作物も必要なだけ輸入し、それ以外の品も職人たちが手を加えてよそへ輸出する。つまりは物流の交差点となることで、この町はいくらでも発展できる余地がある。

 元ラジェルを含めた南方と国内に関してはおれがそれを担い、周辺各国との繋がりはゾフォールが担うことで、それは理想形となる。

 おれももちろん考えてはいた。が、それはもっと長期的なものだと思っていたし、なにより町の発展についてはおれの中での優先順位がそう高くないから、のんびり構えていたんだ。

 ……ドミのやつ、本気だな。


「これはきっとわしの生きとるうちに完成することではないじゃろう。しかしわしとしてもそれこそがこの町本来の姿じゃと思っておったから、ドミの野望に乗ることにしたんじゃ」

「楽しそうだな」

「楽しいとも。これもすべておぬしらのお陰じゃわい」

 このじいさんがいうと、うまくダシにされたようにしか聞こえないんだよなあ。

「そういうわけで、町の新しい区割りなどについて、おまえさんも考えておいてくれ」

「ああ……」

 やれやれ、店の営業が軌道に乗って楽しくなってたのに、この程度で満足はさせてもらえないらしい。

「ところで、この店の裏のあの空き店舗、まだ入居の手は挙がらんか?」

 そこは以前ホフトーズ傘下の悪徳商会が入っていた建物で、今ゾフォールが入っている建物と同様あの事件以来以下略だ。

「広さはあるが、ちょいと立地条件がなあ……」

 うちの裏だから媚を売りたがるやつがやってきそうなもんだが、大通りから道一本入ってしかも日当たりがすこぶる悪いから、どうしても店としては印象が良くないんだよな。まあ、日当たりはうちの店がやたらでかいせいなんだが。

「なんならここの従業員寮にしてしまってはどうじゃ? あれほどの店舗をいつまでも空けておくのはもったいないし、借り手も買い手も目途が立たんのなら遊ばせておくよりマシじゃろ」

「もう少し待ってみるさ。ゾフォールに触発されてやってくるところも出てくるかもしれないからな」

「ふむ。まあ、おぬしの物件じゃからな」

 そう、実をいうとそこもゾフォールの店舗も、おれが権利書をもっている。妙な勢力に入り込まれたら厄介だから店周辺の大きな物件はすべて押さえておいたんだ。

「ほい、いつものお待たせ」

「今日は長居できそうにないのが残念じゃ」

「仕事しろ」

 そうしよう、と頷いたじいさんだったが、やっぱり毎日やってくる生活パターンを変えることはなく、うちはしばらくの間ゾフォールフィーバーで大忙しだった。

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