第18話 新妻の一日
私の朝は晩い。
お店が軌道に乗るまではけっこう不規則で、今でもときどきそうだけど、基本的には愛しのダーリンが部屋を出て二、三時間後の十一時前後が起床時間。
ヴァンパイアなせいで日中は苦手だから必ずウェイトレスの誰かに起こしてもらってひとまず肌着を着る。
そしてその子を連れて一階のお風呂に行き、昨日の汚れを綺麗に落として着替えを手伝ってもらい、食堂へ顔を出すのがだいたい十二時から十二時半。
そこでまずは朝食という名の昼食。
この時間はランチタイムの書き入れどきだけどだいたいの客は仕事があるから回転が速く、私はカウンターの隅に座ってゆっくり時間をかけてスイーツを味わうの。
今日の朝食はチョコレート!
仕入れが復活してバンバン材料が入ってきたから惜しみなく飲めるわ。
これをコップいっぱいに注ぎ、寒い時期は冷めないよう魔力で温めながら、一口ずつ幸せをかみしめながら飲んでいく。
最近ではこれにパンを浸したりクレープの生地につけて食べたりするのにはまってる……
そこで私は考えたの!
冷やして固形にすれば色んなスイーツに入れたりクッキーみたいに持ち運んだりできてるからチョコレートの楽しみ方が増えるって!
だからそういう新しいスイーツを提案してみたら、グストーが、
「奥方は天才だ!」
って褒めてくれた。
本当はダーリンに褒めてほしかったけど、彼も、
「熱に弱いからテイクアウトには適さないが、この店だけでしか食べられないというのはいいアピールポイントになるな」
って認めてくれたわ。
いっつも思うんだけど、人間って不便よねえ?
だってみんなが魔法を使えるわけじゃないから、こういうことを思いついてもチョコレートを冷やす手段がないんだもの。
うちみたいな大きいお店や食材の流通を扱う大きい商会なんかは専属の魔術師を雇って魔法陣による冷蔵庫や冷凍庫を用意してるみたいだけど、みんなが魔法を使えたらきっともっとスイーツの可能性が広がると思うの。
料理にしたってそう。
グストーは魔族だから自分の魔力で火を出して絶妙な温度調節をしてるけど、ヒューちゃんやサロはそれができないから薪や炭を使って火を操ってる。
今までこれほど深く人間と接してこなかったから気づかなかったけど、魔法って便利なのね。
たっぷり時間をかけて朝食をとると、私は一番の大仕事であるスイーツ作りを開始する。
余裕があるときは何食分か作れてたんだけど、もうお店がずっと忙しいから私がやるのは夜に向けての仕込みと、私の晩御飯。
この時間、グストーは休憩中。
料理長は仕込みの指示は出すけどやるのは弟子の仕事なんですって。でもなんだかんだいって私のスイーツ作りを手伝ってくれるし、ヒューちゃんやサロや調理担当の従業員たちの指導も厳しくやってるわ。なにかと暑苦しいやつだけど、スイーツもスイーツ以外もすっごく上手だから本当にいい人材が手に入ったものよね。
ところで、あの領主しばらく見かけないけど、どうしたのかしら? また美味しいスイーツをもってきてほしいのに。
「つまみ食いをするな!」
カスタードを作ってたら、ヒューちゃんに怒られちゃった。
「いっぱいあるんだから少しくらいいいじゃない」
「そういっていつもかなり食べてるだろ!」
「そんなことないわよ、ちょっとよ、ちょっと」
ヒューちゃんってば相変わらず怒りんぼなのよねえ。美味しいスイーツを作ってくれるから私としてはダーリンの次くらいには大事にしてるつもりなのに、なかなかこの気持ちが伝わらないわ。
キスでもだめみたいだし、こうなったら血液交換しかないかしら?
ダーリンもあれは気に入ってくれたみたいだし……
そう、とっても気持ちいいのよ……
血と血で繋がり、互いの血を吸い取ったり吸い取られたりで行ったりきたりさせると、本当にこの人とひとつになってるっていう感じがして……
血と血で、体と体で、心と心で、すべてで繋がりながら溶け合ってひとつになるあの感覚……
うふふふふ……
そろそろヒューちゃんにもやっちゃおうかしら……
ウィラは人格が崩壊するほどハマったし、ヒューちゃんもあれを知ったら私を愛してくれるかしら……?
「死ねッ!」
ヒューちゃんの手から包丁が閃き、私はぎりぎりのところでそれをかわした。
「血で味付けした料理なんてヴァンパイア以外喜ばないわよ~?」
「おまえを細切れにしてサラダにまぶしてやるッ!」
「やってごらんなさ~い!」
こうしてヒューちゃんは包丁片手に私を追い回し、私はそれをひらひらかわして、いつものようにダーリンから怒られるまでたっぷりじゃれ合った。
可愛いものってどうしてこうからかいたくなるのかしらね?
さあ、仕込が終わると本番よ!
うちのお店はなんといっても夜が本番!
仕事終わりの市民や冒険帰りの冒険者、ときには家族連れやカップルがデートとしてくることもあり、とにかく色んな客がうちの料理を求めて押し寄せる。
宣伝の効果もあって宿泊客も順調に増えてるし、ディナータイムは遊んでる余裕なんてないわ。
なんたって私はここの副店長! 店長の妻なんですからねっ!
「奥方! 今入ってるだけのサラダの盛り付け頼む!」
「はーい!」
食器洗いを他の子に任せて伝票を確認する。
メニューの種類が豊富だからサラダひとつをとってもそのバリエーションは豊富で、使う具材も違えば味付けも違い、常温で出すものもあれば茹でたり蒸したりしてから出すものもあるから、けっこう大変。
でも私が単独で火を扱うことを許されているのは簡単な前菜類と温め直しだけだから、ここが見せ場といえば見せ場なのよ。
鍋を沸かしている間にもうすっかり慣れた包丁さばきで具材を切って、生野菜サラダを盛り付けていく。
「あれっ、チーズは!?」
「あっ、こっちです!」
レッタという調理担当の子がサロの隣で手を上げた。
「じゃあこれそっちでお願い! チーズ乗せたらパントリーね!」
「はーい!」
お店を始めるまでは飲食店なんてただ作って出すだけだと思ってたけど、いろいろと大変なのよね。
あとは出すだけになった品は一旦パントリーに置かれ、そこで給仕がテーブルまで運ぶんだけど、そのとき盛り付けに不備がないかとか、それがどこの客の注文なのかをチェックする役目が必要みたいで、このデシャップ担当がいるかいないかでかなり営業のスムーズさに違いが出るらしい。
他にも厨房とホールの連携を保つための指示を出したりしなきゃいけないから、当然ここにいるのはダーリン。ただ彼は客とのやりとりのためにホールに出なきゃいけないことも多いから、基本的には従業員の中で年長者になる元娼婦の誰かが常駐して空にならないようにしている。
昔の私なら、こんな仕事なんて煩わしくて一日たりとも耐えられなかったと思う。
でもこの数ヶ月、ダーリンたちと一緒に人間社会の中で生活してみて、面白いと思うようになっていた。
戦闘に限ればヴァンパイアは最強種だけど、ある望んだ状況を作り出すために必要な能力が戦闘に関するもの以外だった場合は、一人じゃなにもできない。今ここでの私はまだグストーやサロの指示で動くのがやっとの下っ端なの。
面白いじゃない、ヴァンパイアがヴァンパイアでいることをまったく必要とされない状況があるなんて。
戦って生命維持をするだけが人生だった私が、それ以外の形があるなんて知りもしなかった私が、今じゃこれまでの人生を否定するかのような生き方を知り、それを楽しんでる。
なぜ昔の私はこういう生き方をしてみようと思わなかったのかしら?
ううん、知らなかったのだから当然よね。
こういう生き方を楽しめるのは、彼のお陰。
彼と出会ったから、私は知らなかったものを知ることができた。
それを幸せだと感じることができた。
今ではもう、死にたいとは思わない。
知らなかったことを知ってみれば、知れば知るほど、生きている間には面白いことがあるものだと気づかされる。
一人ではなんとも思わなかったことだろうけど、彼と一緒なら……
「みんな今日もお疲れさん」
日付が変わって閉店作業も終わった深夜一時過ぎ。終礼の締めとして彼は必ずみんなにそういう。
このあと彼は部屋に戻ってまだ少しだけ書類仕事をするけど、もう以前みたいに放っておかれることはないから、私は心からこういえるの。
「あなたもお疲れさま」
そうして二人で部屋に向かう。
私は自室に戻るとまず服を脱いで軽く体を拭き、肌着だけを着てすぐに彼の部屋に入る。
そこで彼のちょっと疲れ気味の顔を眺めながら仕事が終わるのを待ち、終わると二人でベッドイン。
「本当に毎日搾り取る気か……?」
彼は疲れ気味の顔にちょっとだけ呆れを乗せていう。
「本当なら食べてるとき以外はずっと繋がっていたいくらいよ」
「おれが死ぬ」
「だから夜だけっ」
私はどうして、これが気持ちいいことだと認識できなかったのか。
やっぱり愛の力……!?
きっとそうね。
もしかして、かつて私にダンピールを差し向けてきたやつらも、こうして子供を作っていたのかしら……?
だとしたらちょっと悪いことをしたわね。
ヴァンパイアに性欲がないのは確かだけど、愛を求める心はきっと他の種族となんら変わらないのだわ。
私は別に子供がほしいとは思わないけど、できたらできたで全然構わないと思ってる。
……いいえ、むしろ積極的に作ったほうがいいかもしれないわね。
いくら私たちには時間があるとはいえ、あの泥棒猫のように愛しのダーリンを横取りしようと企む悪い女はいくらでも湧いて出るでしょうし、子供ができれば彼も他の女に構ってなんかいられないでしょうし……
そうね。
決めたわ。
「子供ができるまで毎日ね!」
「それ何十年かかるんだよ!?」
「むしろ何百年かかったって構わないわ~っ! むふっ」
そうして今日も最高の締めくくりで私は眠りに落ちるのだった……
翌日から、私とダーリンのシフトが微妙に噛み合わなくなったんだけど……
どうして!?
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