第17話 紐の長さは寿命の長さ 後編

 おれたちはきた道を戻って噂の店に踏み入った。

 するとすぐにえらい美人の給仕らしい女が宿泊の手続きをし、宿の説明をしながら部屋に通された。例の男は先に飲んでるといって一階で待機だ。

 部屋は二人部屋。おれたちは四人なんで二部屋に分かれた恰好だが、二人の子分は荷物を置いてすぐにおれとギジェルモの部屋にやってきた。

「なかなかよさそうな店っすね」

「あの案内してくれた女、美人でしたねえ。他にもいっぱいいましたよ!」

「町の美女をかき集めて客寄せしてんだろ。いけ好かねえな」

 なにがいけ好かねえって、店の女にちょっかい出すなと釘を刺されたことだ。あんな高級娼婦みてえな女がゴロゴロいやがるのにナンパするなってなあ、おれたちみてえないつ死ぬかわからねえ稼業にとっちゃあ死活問題だぜ。

「かといって無視するのはまずいでしょうね。なんせここはやつらのお膝元だ」

「ああ、ますます気に食わねえが、とりあえずは情報収集だ。あの男から聞けるだけ聞き出すぞ」

 そういうことでおれたちはすぐさま食堂へ降りていった。



「おう、こっちだこっち!」

 例の男が人懐っこい笑顔で手招きした。壁際席とはわかってるじゃねえか。人に背を向けて座る冒険者なんぞ冒険者失格だからな。

 おれたちはやつが確保していた席に座り、とりあえずビールを人数分注文する。

「あんたらは組んで長いのか?」

 まずはそういう話題から入り、おれたちは四人で打ち立てた功績、そしておれがソロ時代に切り開いた険しい道のりをたっぷり語ってやった。

 それをやつはずっと楽しそうに聞くもんだから、ついつい酒が進んじまったぜ。

「あんときの兄貴の男っぷりったらなかったねェ~!」

「よせやい、もう昔のことだ」

「なァにいってるんでさあ! あ、姉ちゃん、ビールおかわり!」

 と、ディエンがそばのウェイトレスに注文したときだ。

「姉ちゃんいいケツしてんじゃね~かァ~!」

 酔っ払ったサルバがウェイトレスの尻をペロンと撫でた。

「きゃああっ!?」

 まだ十代半ばか後半ごろだろうその少女は可愛らしい悲鳴を上げてサルバを睨みつける。

「おうおう、そんな怖い顔すんなよ~!」

 もうひと撫でしようと手を伸ばすサルバ。

 その顔面に、トレーが直撃した。

「ぶべっ!?」

 少女が殴ったんじゃない。

 別の場所から飛んできたんだ。

「ここは娼館じゃない。次やったら叩き出すぞ」

 汚物でも見るかのような冷たい目で言い放ったのは、これまたなかなかの美人。しかしとてもただのウェイトレスには見えねえ、まるで戦場を知っているかのような威圧感のある若い女だった。

「てんめっ、なにしやがる!」

 鼻を潰されたサルバは怒りに任せて進み出ようとするが、その手をあの男が掴んでとめた。そういやまだ名前を聞いてなかったな。

「悪いヒューレ、こいつら今日着いたばかりなんだ、勘弁してやってくれ」

「ゼルーグどの、冒険者を呼び込むのはけっこうですが、あまり飲ませすぎないでください」

「すまんすまん」

「すまんじゃねえだろ!」

 サルバは怒りが収まらないらしい。

 無理もねえ、女から顔面に一撃もらって簡単に引き下がれるような男なんざそうそういやしねえ。いくらここが町の支配者の店とはいえ、客に手を上げるほど従業員までつけ上がってたんじゃあ、こちとら商売上がったりだぜ。

「おい、よせ」

 ゼルーグとやらは腕を引くが、サルバはそれを振り払ってヒューレとかいう女にずんずん歩み寄る。

「姉ちゃんよォ、ちょいとおいたがすぎるんじゃねえのか? あァ? 人様のツラ潰しといて謝罪の一言もねえのかよ」

「無礼な客など客ではない。それがここのルールだ」

「調子乗ってんじゃ……!」

 サルバが掴みかかろうと手を伸ばした。

 が、その手は空を握り、逆にその腕を掴まれてサルバはものの見事に投げ飛ばされちまった……

 おいおいマジかよ、と思っていると今度はディエンに火がついて踊りかかるが、これまた綺麗なカウンターが顎に入り、一発ダウン……

「だからよせっつったのに……」

「兄貴、ここまでコケにされて黙っちゃいられませんぜ! おれに行かせてくだせえ!」

 ギジェルモもその気になっちまって、酔いを吹っ飛ばして立ち上がった。

「ちょい待ち」

 と、それをとめるのはやはりゼルーグという男。

「これ以上暴れるってんなら今度はおれがやらなきゃならねえ。大怪我しないうちに退いてくれると助かるんだがな」

「ただの腰巾着風情がなにぬかす!」

「え、そう見えてたのか?」

「それ以外にどう見えるってんだ!」

 ギジェルモはそう断言したが、おれは今、ちょいと考えを改めてるところだ。

 はっきりいおう。


 ……マズい気がしてきた。


 ヒューレという女もそうだが、このセルーグというやつも、なにやらただならねえ雰囲気をまとってやがる。

 いや、まとい始めたんだ。

 ついさっきまではどう見てもただの支配者の犬だったが、ギジェルモをとめるために立ち上がったそいつは、立ち上がる前と別人に見えるんだよなあ……

 なにがどうとはいえねえが、なにかが明らかに違う、そんな雰囲気だ。

 それに今気づいたが、こいつおれらよりハイペースでしかも強い酒を飲んでたってのに、まったく酔ってねえ。

「一応、この店の用心棒なんだがなあ」

 あ、さいですか。

「用心棒だあ? てめえのようなニヤケ面した用心棒しか雇えねえのか、この店は!」

 あー、ギジェルモくん。

 すまんがおれはキミを助けないよ?

 だってもう間に合わねえし。


 次の瞬間には、ゼルーグ氏に掴みかかろうとしたわが腹心が、宙を舞っておれの視界から消えてしまった。

「ったくよう、それだけ戦歴のある冒険者なら一目見りゃあわかるだろうによ、相手の実力ぐらい。なあ?」

 ゼルーグさんはおれに同意を求めてきた。

「ああ、まったくだ」

 なあにいってんだおれ!?

「あんたはマトモみたいでよかったぜ。おれも町のやつらを鍛えてるんだが、後進の育成ってのは大変だよなあ。あ、自己紹介が遅れたな、おれはゼルーグってんだ。この店じゃあ用心棒をやってる」

 それってようするに、そういうことだよな……?

「ちょいと尋ねるが、君はいわゆるこの店の……」

「ああ、身内だ。ヒューレもな」

 ……確か、最初に町で暴れたのは五人。

 一人が店長、もう一人がその妻で、あとの三人は根っからの戦士だったと聞く。三人で何百人もすぐそこの通りで殺しまくったとか……

 その、一人……ってえ解釈で、よござんすかねえ?

 よござんすね?

 ようござんす。

「あ~、おれの子分どもが失礼をした。きちんと言い聞かせておくんで、この件はこれにて手打ちということで勘弁してもらいたい」

「それならけっこう」

 ヒューレさんは素っ気なく頷いて仕事に戻っていった。

 ゼルーグさんはというと……

「さすが、ベテランなだけあって場の収め方をわかってるな! さ、飲みなおそうぜ!」

 ドプドプと自分のウイスキーをおれのグラスに注いできた。

 どうか手の震えがバレていませんように……!


 ああ?

 カッコ悪い?

 バカいうんじゃねえ!

 おれがどうやって十六年も生き抜いてきたと思ってやがる!

 冒険者ってのはなあ、勝つよりも名声を得るよりもなによりもまずッ!

 生き延びることが重要なんだッ!!

 勝てねえ相手とは戦わねえ!

 見返りを求めてもハイリスクは絶対避ける!

 いつでも逃げ出す準備だけは万端に!

 つまり……


 長い物には巻かれるんだよおッ!

 グルッグルになあッ!


「ま、ま、おれの話はもういいから君の武勇伝なども……」

「いやあ、おれはあんまり語れるようなモンはねえよ」

「いやいや、この町でのことは聞き及んでいるから是非とも……」

「つっても、ただ殺しまくっただけだしなあ」

 ハイ、確定!

 たった今わがゴールドレッド団のこの町での栄誉は終了しました!

 ただし、せっかく手に入れたコネだ、こいつを使わない手はねえぜ……へっへっへ。

 この町でもしっかり長い物に巻きついて、いい感じのポジションに収まってやらあな。

 それこそが長生きする最大の秘訣よ、覚えとけ!

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