第19話 ある聖騎士たちの転落街道
「やあっと着いたぁ~! 流れ流され野蛮の地、バリザード!」
私は馬を飛び降りて思いっきり伸びをした。それに続いてエストも馬を降りて私よりよほど上品に凝り固まった体を伸ばす。そうすると短く整えてる青緑の暗い髪が陽光を反射して宝石みたいに印象を変えた。
もちろん馬に乗ったり降りて歩いたりを繰り返しながらだったけど、さすがに十二日もかければ疲れも溜まるよねえ。
「まさかワイン一杯で異国の辺境に飛ばされるなんてね……」
「グラスもね! シメておそらく四〇〇ゼノ前後ナリ~!」
なぁんて明るくいってみたけど、思い返せば本当に理不尽で頭にきちゃう。
あれはそう、ほんの三週間ほど前のこと……
私とエストはお互いに父親の名代としてある貴族のパーティーにお呼ばれして、好きでもないドレスを着て退屈な時間を飲食に費やしていた。
パーティー自体はしょっちゅうどっかの誰かが開いてるし今回のも特別な意味をもつものじゃなかったんだけど、さすがに父親に招待がきて、それぞれ用事で行けないにしても身内から代理人を送ることもせずに断るのは失礼だからと、たまたま時間が空いていた私たちが選ばれたわけ。
私とエストは神学校時代からの親友で、聖騎士になった今も同じ部隊に所属してるからほとんど毎日顔を合わせてる。それにエストは貴族令嬢だからこういうパーティーに出席してても全然不思議じゃないし、私は私で家が天下のゾフォール商会だから小さいころから社交の場には慣れっこ。
だから挨拶すべき人物に当たり障りない挨拶をして、話しかけてきた人ににこにこ笑顔を振りまいとけば任務完了、あとはただ飯食らいをやってればお駄賃も回収完了ってわけ。
いや~戦争のない国っていいよね~!
ただ、この日はちょっと厄介なヤツが出席してたのよ。
「なあ、いいじゃないか、こんないつでもやってるようなパーティーなんか」
「主催者に申し訳ありませんから」
どっかのドラ息子が無謀にもエストを口説いてたわけよ。
そりゃあエストは美人で背が高くてスタイルもいいから昔っから男女問わずモテモテだったけど、家そのものがゼレス教の熱心な信者で彼女自身めっちゃお固いから男女問わず返り討ち一〇〇パーセントなんだよね。
「そんなこといわずにさあ。聖騎士を目指してたんなら遊ぶ暇なんてなかっただろう? これも貴族の嗜みのうちだよ」
「主催者の顔に泥を塗らないのも貴族の嗜みですから」
「そうカタいこといわずにさあ!」
野郎はついにエストの腕を掴んで強引に連れ出そうとした。
それを見て私は、むしゃむしゃ頬張ってたお肉の皿を置き、飲みかけのワイングラスをもってお淑やかにレディーらしくしずしずと歩き出したのさ。
「聖騎士ったって貴族の娘なんだから、いずれは辞めてどこかに嫁ぐだろ? そうなったときに恥をかかないよう色々教えてやるからさァ~」
今だ!
「そいやっ!」
私は躓いたふりをしてうしろからグラスの中身をグラスごとドラ息子に引っかけてやった。赤ワインだからバッサリやられたみたいに綺麗な染みができちゃったね。こりゃあ落ちないだろうなあ~アッハッハ~ってなモンよ。
「んなっ、なにをするかあっ!?」
「あ~ら、ごめんあーさっせ~! 飲みすぎて足元が~」
「おまえ今、そいやって……!」
ドラ息子が私に掴みかかろうとするのをするりとかわすと、周囲からクスクスと笑い声が上がった。エストもしっかり笑ってる。
「よっ、水も滴るいい男!」
「服は濡らせど女は濡らせずじゃな、若いの」
「おじさま、うまい!」
「聖騎士相手では不謹慎ですぞ、閣下」
「おっ、こりゃ失敬! わはは!」
というわけで、私の機転により場は笑いの渦に包まれ、パーティーは大成功を収めましたとさ!
……ところがですよ。
「左遷……ですか」
三日後、騎士団長に二人揃って呼び出されてみれば衝撃の展開。お隣シュデッタ王国南部のトヴァイアス伯爵領のさらに最南端のバリザードの教会への転属辞令。
アンセラ王国がゼレス教の本拠地でシュデッタとは経済でも宗教でも協定を結んでるとはいえ、普通は国境を跨いで異動することはまずない。先日の件で権力者の意向が働いたのは明らかだった。
「それも、去年の首席と次席がお揃いで……」
私にとっては超自慢できることに、私はこれでも聖騎士養成学校の次席卒業者だ。そして首席がエスト。そんな優秀な二人が揃って配属されたのはもちろん騎士団の中でも中軸を担う出世コース部隊だったんだけど、それがまさかたったの一年で脱落とは……
これが私だけなら貴族と庶民の違いってことでまだわかるんだけど、エストまでとなると、ちょっと深刻。
エストもそれがわかるから複雑な顔でだんまりだった。
「相手が悪かったな。彼の伯父は侯爵……それも宰相閣下だ。しかもかの御仁はわが教団に対しても大きな影響力をもっている。単に酒の席でのトラブルで済ますことはできなかった」
団長も本心では面白く思ってないようで、その気持ちが表情に出てる。団員の人事権は団長に一任されているのにそんな顔をするってことは、相手が宰相ってことを考えても首座司教にまで話が行っちゃったんだろうね~……
そりゃ断れんわ。
「こんなことを申し上げるのはなんですが、私やシャルナの家はなにもいわなかったのですか?」
エスト、渾身の反撃。
家の権力を笠に着るようなことはしないエストだけど、相手がやってきたなら遠慮の必要はない。エストのお父さんは財務副大臣で、あたしの家は世界を股にかける大商会だから、戦おうと思えば戦える。
でもたぶん、向こうが上手だったんじゃないかなあ。
「知れば、いうだろうな」
ほらね。
家がなにかいう前に正式決定にしちゃえば、さすがに教会内部の人事に関して外からなにかいうことはできないもんねえ。宰相ぐらい寄付してないと。
やっぱり世の中結局はお金なんだよ!
もうこの機会に家を継ぐ方向で路線変更しちゃおうかな……
でも女が継ぐのはなにかと面倒が多いし、政略結婚ならぬ商略結婚の駒にされるのが嫌だから自分で相手を見つけるまでの避難場所として聖騎士を選んだわけだしなあ……
そんな感じで、私たちはどんよりへこみながら寮に戻ったんだけど……
翌日、一応できるだけの抵抗はしておこうと二人でウチに行ってみたら、またまたの急展開だったわけさ。
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