第20話 ある大商人の拡大戦略
シャルナの家、ゾフォール商会は国内では主に食料や外国の流行を、国外では金融や衣料品などを中心にすべての周辺国とその先の国々とまで広く商売で繋がっている大商会。
シャルナのお父さんでまだ二代目と若い勢力だけど、シャルナいわく、
「おじいちゃんは堪え性がなかったけど発想力と行動力が豊かで、お父さんは独創性はないけど腹黒さじゃピカイチなんだよ」
とのこと。
なんにせよ、二代目の出来でそれ以降の繁栄が決まるといわれる中、彼女のお父さんは商会を維持するどころか持ち前の智謀でおじいさんの代より遥かに大規模な勢力にしてしまったのだから、今後何十年も、あるいは何百年もゾフォールの名はこの周辺で強い力をもつことになるだろう。
正直にいってうちの家よりよほど強いから、援護を頼むならこれほど頼もしい相手はいない。
決定の取り消しはできなくても、せめて短い期間で戻ってこられるように働きかけることくらいは期待してもいいと思う。
もっとも、私は別に中央での出世にこだわっているわけじゃないし、シャルナも不謹慎だけど聖騎士の身分は一時的なものとしか考えていないから、難しいようなら無理して戻してもらおうとは思っていない。
どういう土地であれ、ゼレス教の教えを広め、救いを求める人を少しでも多く救えれば私は満足だ。かなり納得のいかない成り行きではあったけど、バリザードは荒んだ町だと聞いているからここにいるよりはできることは多いかもしれない。
そう考えながら、私たちはシャルナの実家、ゾフォール商会の王都本部へと忙しくしているであろうおじさまを訪ねて行った。
「左遷されたって? まさかおまえ、エストちゃんを巻き込んだんじゃないだろうな」
おじさまはこちらを見ることなく、書類をいくつも見比べながらいった。
「いえ、むしろ逆です。私のせいでシャルナを巻き込んでしまいました。申し訳ありません」
「いやいや、エストはなにも悪くないから!」
「相変わらず仲良しだな」
そういったおじさまは、やはり書類にサインしながらだったが確かな笑みがこぼれた。
「どういうわけか説明してくれ」
私たちは代わる代わる事情を話す。
すると、バリザードの名が出てきたとき、初めておじさまはこちらを向いた。
そして聞き終わり、
「左遷先はバリザードなんだな?」
「そだよ。あの暗黒街。娘の貞操を想うならなんとかして」
「でかしたッ!」
おじさまは書類を放り投げて身を乗り出した。
「……は?」
私たちは目を丸くするしかない。
「いやいや、なにがでかしただよ! おかしいでしょ!」
「おまえたちはまだ知らないんだな。バリザードの悪は一掃され、今は健全な町として新たな道を歩み始めたんだ」
「え、そうなの?」
「少し前にラジェルやホフトーズが潰れただろう。あれをやったのがバリザードの新たな支配者だそうだ」
「うわっ、なにその怪物……」
大商会が潰れた話は私も知っていたけど、まさかバリザードから繋がっていたとは知らなかった。
「むしろヤバい人なんじゃないの?」
「おれもそう思ってとりあえずベランを行かせてみたんだが、予想は逆のほうに裏切られた」
「マジでまともなの?」
「大マジだ」
「で、それがなんででかしたになるわけ?」
「決まっているだろう、店を出すんだよ、バリザードに!」
「あっ……」
シャルナはなにかを悟ったらしい。
商売熱心なおじさまのことだから勢力を広げることに意気込んでいるのはわかるけど、私たちの異動とどう関係が……?
「ベランのやつ、なんと偵察ついでに向こうの実力者と話をつけて拠点を確保しやがったんだ! ラジェル商会が潰れて以来ずっと空きになっている三階建ての大店舗だ! あの町は儲かるぞお~なにせ立地条件が抜群だからな!」
「あの、おじさま……」
「エストちゃん、貴族のつまらん面子に振り回される聖騎士なんか辞めて、うちで働かんかね?」
おじさまのこういう歯に衣着せない物言いは好きだけど、さすがに……
「それは無理です」
私は小さいころから、ゼレスの教えを説き、教義と力ない者を護る聖騎士に憧れてようやくなれたのだから、どこに飛ばされようと聖騎士を辞める気はない。
「辞めたくなったらいつでもいうんだぞ。というわけで二人とも、うちの店を頼んだ!」
あ、なるほど……
これから出店するからその人員や物資の輸送の護衛と、現地に着いてからの護衛と宣伝要因に、と……
「ちょうど出店準備でてんやわんやしているところだったんだ、いやあ、思わぬ人員が転がり込んできて大助かりだな!」
「なんで私には辞めろっていわないわけ?」
シャルナは真っ赤な髪の毛を指先に巻きつけながらいった。これは拗ねているか関心がなくて別のことを考えているときの仕種だけど、たぶん前者だろう。
「どうせいい男を引っかけるまでは続けるんだろ?」
「そうだけどぉ」
「そうだ、向こうの実力者はルシエド卿というんだが、その側近に絶世の美男子がいるそうだ。しかも化け物のように強いとか。狙い目だぞ」
「べらぼうに強いイケメンかぁ……競争激しそうだなぁ……」
「親だからというわけじゃないが、おまえも言動を取り繕っていればなかなかいけるから、やるだけやってみろ」
「そんでバリザードそのものも取り込もうって魂胆ね、ハイハイ」
「わかっているのならなおさら頼んだ。南ではラジェルから分裂した勢力がなかなか手強くてな、バリザードで主導権を握れるかどうかが今後の発展の鍵なんだ!」
こうして私たちは援護をもらうどころか私たちのほうがゾフォールの援軍として組み込まれ、中央に対する物言いの代わりに大量の商人と物資、馬車に住居に支度金まで押しつけられ、王都を出発したのだった。
たぶんだけど、もう戻れない気がする。
特に、ゾフォールの商売が成功したら……
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