第14話 恋に尾を振れ、負けるな乙女!
ああ、いけないわね、私ったら……
恥ずかしがるヒューレさんがあまりにも可愛いものだから、ついつい遊んでしまったわ。同性の服装を見立てるのがこんなに楽しいだなんて思いませんでした。しまいには店員も一緒になって上から下まで中から外まで隈なく全身を完璧な女性に仕立ててしまいましたわ。オホホ。
初陣が控えているので既製品頼みになってしまったのが残念ですが、この晴れ姿をルシエドさまに披露するのが楽しみですね!
そういうわけで、私たちは
表からだとわれらが宿敵と鉢合わせする危険があるので、ヒューレさんの案内で裏口からこっそりとです。
道中では恥ずかしさのあまり私の背中に隠れて人の目から逃げていましたが、私より大きいのですからたっぷり見られていましたね。
なにごとも挑戦なのです、恋の成就に平坦な道などないのです!
さあそんなこんなでやって参りました、お店の五階、ルシエドさまのお部屋前!
いよいよとなって最後の抵抗に逃げ出そうとしたヒューレさんを右手で引っ捕まえて左手でノックをすると、すぐにお返事が。
中へ入ると私の部屋とほぼ同等に豪華な貴族屋敷調の内装が目に入り、奥の机で書類仕事をなさっているルシエドさまがいました。
よかった、あの女はいないようですね。
「お邪魔致します」
「イクティノーラか」
ルシエドさまはお顔を上げて私を認めると、すぐにうしろのヒューレさんに目を移されました。
「なんだ、また手下を送り込みにきたのか?」
まあ、ひどい!
様変わりしたとはいえ、長年連れ添った部下の顔がわからないなんて!
「ルシエドさま。ようくご覧ください。穴が開くほどじっくりと」
「ひいっ」
悲鳴を上げるヒューレさんを前に突き出し、ルシエドさまの前に立たせました。
淡い象牙色の生地に緑のレースで彩りを加え、気にしている広い肩幅を隠すために肩から二の腕にかけて大きく膨らんだ袖をつけたドレスに、同じ色の生地にやはり緑の刺繍の入った飾り袖、スカートはよりセクシーさを出すためにお尻周りを自然に膨らませて膝のあたりで締め、大きく開いた胸元にはアクセントとしてアクアマリンのペンダントをさげて、下ろした真っ直ぐな黒髪を映えさせるために銀細工の花飾り。
どうでしょう!
今にも泣き出しそうな顔で恥ずかしがる様子も相俟って、もう完璧に乙女です!
押し倒してもいいのですよ?
「……ヒューレか?」
「ううっ……違います……」
「ヒューレさんです」
「あうっ……」
「……なんで、剣を帯びてるんだ?」
……そう。
それだけは、と激しく抵抗されたため私も取り上げることができませんでした。
せっかく女らしくドレスアップできたというのに剣を帯びたままでは魅力は半減です。
「ルシエドさまのほうから取り上げてやってください」
「うん、やはりドレスに剣は似合わないな。もったいない」
さすがルシエドさま、よくわかっていらっしゃる。
席を立たれ、ヒューレさんのそばまできて手を差し出されました。
こうなるとヒューレさんももう抵抗できないようです。
まるで借金のカタに娘を奪われる貧乏人のようにすがりながらも、ようやく手放してくれました。
「おまえ、どうしたんだ、突然」
「お願いです、忘れてください……いえ、いっそのことその剣で斬り捨ててください……」
「なにをいっているんですか。ちゃんと採寸をしてオーダーメイド品も注文したじゃありませんか。それをルシエドさまにお披露目するまでは死なせませんよ」
「はうっ……」
「おまえの差し金か?」
「いいえ、彼女の意思です」
「そうは見えないが……」
「乙女心は複雑なんですよ」
「乙女心ねえ……」
嘲るではなく、少し困ったようなお顔で微笑まれました。
ああ、そのお顔のなんと優しげで懐深いことか……
少しだけわがままをいって、その表情に見つめられ、「しょうがないな」と受け容れられたらきっと、私はずっとわがままをいってしまう……
あなたに受け容れられたいがために、ずっとあなたを少しだけ困らせたくなる……
「しかし……」
ルシエドさまはなにかに頷かれ、お手をヒューレさんの首筋へ伸ばすとその黒髪を持ち上げました。
「やっぱり上げてるほうがおれは好きだな」
その瞬間、とうとうヒューレさんに限界がきてしまったようです。
全身を真っ赤にして、大粒の涙を零しながら、
「うぁああっ、あぅあっ、わあああああ……っ!!」
私に抱きついてきました。
「おっ、おい……!?」
「よしよし、よく頑張りましたね」
「ああああっ、うわああぁぁ……っ!」
もう言葉にもならないようです。
どうやら今の彼女にはこのあたりが精一杯のようですね。
「すまん、嫌だったか……?」
ああ、本当に困ったお顔も素敵。
でも……
「まだまだ女心をわかっておられませんね」
「え……すまん……」
いいですとも。
まだまだ時間も機会もたくさんありますから。
これから二人でじっくり、私たちの想いを伝えていきましょうね、ヒューレさん。
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