第13話 乙女協定ドレス中
ご機嫌よう、イクティノーラ・ハノンです。
私は現在、料理の修行中です。
ええ、もちろんあの図々しいヴァンパイア、クレアさんを倒すための修行です。
ルシエドさまはスイーツはもちろん、料理全般がお好きとのことなのでこの機会に苦手だった料理を習得し、是非ともあのかたに味わっていただこうと思ったわけです。
つまり料理で満足させたほうが、あのかたの妻……!
負けられませんわ、なにがなんでも……!
先日はクレアさんが暴れたためうやむやになってしまいましたが、このまま引き下がるつもりは毛頭ありません!
それにしても、あの告白は意外でしたね。正式な夫婦でないとはいえ、まさか手をおつけでなかったとは……
こういうのも悔しいですが彼女は美人です。それも私とは違い、決して歳を取らない、永遠の美女……
怨めしい……!
でもいいのです。
私は愛しいあのかたとともに歳を重ねてゆく……
それができるのは、永遠ならざる者だからこそ。
だからこそ限られた時間をどう使うかが、その人生の豊かさを大きく左右するのです。
ギルドの仕事をアデールに押しつけて、私は至上命題となった料理の腕を上げるべく、まずは自分用の道具と調理中に着るための服を買いに出かけていました。
娼館にも娼婦のための厨房と食堂がありますからね、料理自体は雇っている料理人からいくらでも教われるのです。
ですので私は最も品揃えが豊富な中央広場付近までやってきました。
そこに、不審な影がひとつ。
あの黒いポニーテイルに剣を帯びた女性は、
ええ、間違いありませんわ。
お店は修繕のためしばらくお休みとのことですが、こんなところでどうしたのでしょう?
なにやらお店の前を行ったりきたりと悩んでいる様子……
あのお店は……シャルティーズ商会?
富裕層向けの服飾品を扱う、私もよく通うお店ですね。
彼女は庶民から騎士に取り立てられたとのことですが、やはり女性らしいドレスにも興味があるのかしら?
だったら同じ女性として放っておけませんね。
「ヒューレさん?」
私が声をかけると、彼女は驚いて一歩下がってしまいました。
「ドレスをお探しですか?」
「あっ、いやっ、そのっ……!」
「うふふ。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。やはり女性としては気になりますものね。普段はそのように男装されて剣まで帯びておいでだから勇ましい限りですが、とてもスタイルがよくお顔も凛々しく整っていらっしゃるから、きっとよく似合いますよ」
本当のことをいっただけなのに、彼女はカアッと顔を赤らめて縮こまってしまった。
なんて可愛らしいのかしら……
きっと今まで男社会の中で生きてきたから女として見られることに慣れていないのね。
よろしい!
この私がコーディネイトして差し上げましょう!
「さ、入りましょうか」
「ええっ!? いやいや、やはり私にはまだ早いというか世界が違いすぎるというか……!」
「そんなことありませんよ。女らしい恰好をしたいと思ったのならそのときが最良の機会です」
「ううっ、女……らしい……」
おや……?
これはなにやら、ただならぬ事情を抱えているようなお顔……
真っ赤な顔を手で覆い、真剣に悩みながらも一歩を踏み出す勇気がもてない、まるで意中の殿方に愛を告白すべきかどうか迷っている乙女のよう……
なるほど、恋ですか。
「お相手のかたの好みはわかりますか?」
「ふえっ!?」
「そのかたのために女らしくなりたいのなら、そのかたの好みに合う恰好をしなければなりませんからね」
「うぐっ……」
あら?
今度はなにやら、私を責めるかのような鋭い視線。
そして、諦め顔へ……
「私では、敵わない……」
「それはどういう……」
「あのかたはきっと、あなたのような女性がお好みのはず……」
「はい?」
「高貴なお生まれに、聡明で心が強く、それも美人……やはりあのかたには、あなたのような人が相応しいのです……」
もしかすると、もしかして……
「まさか、あなたも……?」
彼女は頷かなかったが、その顔で納得しました。
そうでしたか……
思えば、当然かもしれませんね。
男性色の強いパラディオンで女性ながら庶民から騎士へ成り上がるほどの努力をしたにもかかわらず、それまでの努力を捨ててまであのかたについてきたというのは、ただの忠誠心ではとても説明がつかない。
そしておそらく、彼女がここで逡巡しているのは私のせいでもあるのでしょう。
ただでさえクレアさんという邪魔者が現れ焦っていたところへ、いきなり私が飛び込んであんな騒動を起こしてしまったら、行動を起こさずにはいられないはず。
事情を知ったところで退く気はありませんが、彼女となら仲良くなれそうな気がします。
ここはひとつ……
「ヒューレさん、共同戦線といきませんか?」
「えっ……?」
「私も恋をする一人の女です、あのかたを他の誰かに譲る気はありません。ですが、私はなにもあのかたを独占したいと思っているわけではないのです」
「それは私とてそうですが……」
やはり。
知性も品性もないあのヴァンパイアとは違いますね。
「いくら生まれの位が高かろうが、私はもう穢れた身、あれほどのかたの正室に納まろうなどと虫のいいことは考えていません」
「そんな、そのようなことをあのかたが気にされるはず……」
「ですが! 彼女だけは認めません!」
そう、認めてはならないのです!
「彼女に独占されるくらいなら、私たち二人で仲良く半分こ……どうでしょう?」
ヒューレさんのお顔がみるみるうちに輝いてきました。
「やりましょう! ともにあのクソ女を駆逐してやりましょう!」
「同盟成立、ですね」
私たちはがっしり手を取り合った。
うふふ……
これであのかたの情報がたくさん入ってくるわ……!
「さあ、それではドレスを見に行きましょうか」
「えっ! いや、やっぱりそれはまたの機会に……」
「ダメです」
あわあわと可愛らしく抵抗するヒューレさんを引きずって、私はお店に向かいました。
そういえば、私はなにをしにここへきたのだったのかしら……?
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