第3話 馬車で行こう!

 無事に年を越し、わが血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンもめでたく開店一ヶ月を迎えた。

 客入りは上々。昼と夜とでメニューを分け、コース料理やセット料理なんかも考案し、酒や甘味も大量に取り揃え、それでいてちゃんと庶民の手が届く範囲の価格設定でやっているから客受けもいい。まだたいして利益を上げられているわけじゃないが、それはこの町にやってくる人間が少ないせいだろう。そのため宿のほうがあまり機能していない。

 問題はどうやって外部から人を呼ぶか……

 いや、それ以前にまだまだ客層を広げるのが先だな。


 そんなことを思案する日々が続いていたある日、おれはまたもや市長の訪問を受けた。

 このじいさん、必ず自分からやってくるくせにおれが食堂に顔を出すまで帰りやがらねえから、結局どっちが会いにきてるのかわからねえんだよなあ。

 もはや一番の常連となっているじいさんから今日の話題をふられ、おれは思わず問い返してしまった。

「馬車?」

「そう、乗合馬車じゃ」

 じいさんの提案は、いまだ出入りの少ない町を発展させるため、もっと行き来がしやすくなるように手段を整えるべき、というものだった。

 その中身が、乗合馬車。

 街道の往復と街中を回るルートを構築して運営するというのだ。

 発案は商業ギルド長のドミ。

 納得の組み合わせだぜ。

「それ、街道はともかく街中だと馬糞でひどいことにならないか?」

「その程度のことはちゃんと対策するわい。人を雇って掃除させる。それに馬糞は肥料になるからの、無駄にはならんて」

「なるほどね」

 いいかもしれない。

 おれの住んでた場所はあまりにも人が多すぎて馬車での行き来なんて庶民が気軽にできることじゃなかった。

 しかし今のこの町なら充分可能だ。

 それに周辺四ヶ国とは統一通貨で経済協定を結んでるし、ここは国境の町だから本来ならそういう姿であるべきだ。

 ただ……

「そんなことまでおれに相談しなくていいだろう。だいたいあんた、毎日のようにきてるが、用があるときは人を寄越せばいいじゃないか」

「毎日のようにではなく、毎日じゃよ。わしはすっかりここの料理が気に入ってしもうてな、昼食はここでとると決めておる。あのグストーとかいう料理人、なかなかやりおるわい」

「それについては同感だが」

「しかしたまにはヒューレどのの焼いたパンが食べたいのう。少々顎にくるがあれも素朴な味でよい」

 このじいさん、杖をついて歩くれっきとしたじいさんだが、中身は二十は若いんじゃないかってぐらい健康なんだよなあ。

「じゃからして、人をやるよりよほど効率的というわけじゃ」

「で、今日の本音は」

「おぬし、町の財政状況は知っておるかの?」

 読めた……

「せびりにきたのか」

「ほっほっほっ」

 否定も肯定もしやがらねえ。

 そりゃあ、おれの手元には開店資金にするつもりだった四人分の財産が丸ごと残ってるから、余裕があるといえば確かにある。商工会から奪い取った為替手形や契約書なんかは既にギルド協議会に引き渡したが。

 ま、一部は諸事情あって残してあるんだけどな。

「馬車の購入先にはアテがあるんじゃ。昔のツテがまだ生きておって、手紙を出したらまけてくれるといっておる。それに街道の往復じゃから近隣の町との交流が活性化するし、それは互いにとって益じゃろう?」

「おれたちのせいで断られたりしないか?」

「大丈夫じゃろ。むしろ断ったらおぬしの怒りを買うと考えるのではないかな?」

 ああ、納得。だからおれに金を出させたいのか。おれが金を出して進めてる事業となれば、実際には関わってないとはいえ断れば敵に回しかねないって思うもんな、ヴァンパイアつきで!

「いくら必要なんだ?」

「ざっと、五万ゼノかの」

「ぶッ」

 思わず吹いちまったじゃねえか!

 確か、ゼルーグが持ち出した財産がちょうどそれくらいだったはず……

「ああ、心配するな、なにもただで出せとはいわん。これはあくまでも市からの借金じゃ」

「おいおい、町が個人に借金する気か?」

「おぬしが相手なら誰も反対せんわい。それに乗合馬車はきっと店を繁盛させるぞ。なにせ今の主な客層はギルド関係者ばかりじゃろう。馬車が走れば、怖いけどちょっと興味があるんだよな~という無関係の市民も足を運びやすくなるし、閑古鳥の巣となっておる宿にも外からの客がきやするなるじゃろ」

 痛いところを突いてきやがる。

「もちろん停留所はこの交差点じゃ。ただ、できれば無利子で頼みたい」

 無利子なんてよほどの信用がないとあり得ない話だが、おれはじいさんの手腕は信用してるし、じいさんからすればおれとの信頼関係を強固にしたいから無利子で借りたという事実がほしいんだろう。

 それにまあ、既に借りがあるしなあ。

「わかった、いいだろう」

「さすが敏腕店長、話が分かるわい」

 市長は満面の笑みで頷き、満足そうに食後のワインを飲み干した。

 これで従業員の借りは返したと思っておこう。

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