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第1話 とある平均的な来訪者の顛末 前編

 とうとうおれは足を踏み入れた。

 噂の町、バリザードへ……

 なんでもこの町には悪魔が棲みついて、ヴァンパイアやら魔族やらを従えてかつての支配者を皆殺しにし、血と死体で塗り固めた土台の上に自らの居城を建て、裏から町のすべてを仕切っているんだとか……

 ふ、ふん、馬鹿馬鹿しい。事実をなぞっているにしてもそこには鯨もびっくりな尾ひれがついてるに決まってる。実際にはやり手の新勢力が台頭してきたってぐらいだろう。

 それにほら、見てみろ。

 町を東西南北に貫く大通りの南側、抗争があったときに死体で溢れ返ったことから血祭り通りなんて呼ばれてるらしいが、綺麗なもんじゃないか。建物はどれも立派な石造りやレンガ造りだし街路樹だって、今は春になったばかりだからちょっと寂しいが、景観に配慮して一定間隔で植えてある。街ゆく人々の表情だって明るいもんだ。

 それなのに上司ときたら、なにが急用が入ったのでおまえに任せた、だ。どうせ噂にビビッて下っ端のおれに押しつけたに決まってる。

 まったく臆病な上司をもつと部下は大変だな。これでなにかあって責任まで取らされちゃたまらないぞ。

 っと、そうそう。仕事にきたんだからまずはこの町のギルドに顔出さなきゃな。そっちでうちの商品を置いてくれそうな取引先を紹介してもらわないとなにも始まらないんだ。



 おれがバリザードにどんな仕事をしにきたのかというと、コネ作りだ。

 今おれが所属してる組織は主に布製品を扱うダヤンワール商会というんだが、こいつはついこないだヴァンパイアによって潰されたラジェル商会から分裂した一派で、ようは悪事に手を染めていなかったまともな連中がそれぞれの専門分野で人材やコネを抱え込んで独立した新勢力ってわけだ。

 ただ、ヴァンパイアの襲撃やそのあとの国からの摘発やらでなんやかんやと大忙しだったから、かつての得意先であるバリザードに顔を出すのがたっぷり遅れてしまった。

 おれとしちゃあ、もうきっぱり手を切るべきだと思うんだけどなあ……

 今町を支配してるやつらが商工会よりマシだっていう保証がどこにある?

 むしろ商工会よりよほど武力をもってるらしいから、下手に媚びるより別口を開拓したほうがいいと思うんだが……

 それでも上の命令だからやるしかない。

 まあいいさ、例の連中と関わらないようにさえすれば特に問題が起こりそうな雰囲気じゃないしな。

 おれは初めてきたが、訪れたことのあるやつの話だと前はごろつきがわがもの顔で闊歩していて、市民は怯えて下を向いて生活してたって話だから、きっと前よりは仕事もしやすいはずさ。うん、そう思おう。


 そんなわけでおれはまず貿易ギルドに顔を出し、そこでシェランの生地や刺繍などの手工技術についてたっぷり宣伝した。おれの誠実さが伝わったのか、先方はずっと笑顔ながらも真剣に聞いて、商品をじっくりチェックする。

「いやあ、さすがは元ラジェル、いい品を揃えますなあ」

「実務を担当していた者がほとんど無傷で独立しましたからね、当然ですよ」

 シェランの生地は基本的に薄い。年間の温度差があまりない暑い地域だから薄くなければ着るに着れないし、かといって肌を出していれば日焼けしてしまうから一枚で全身を覆うような服が貴賤問わず一般的だ。

 しかし、それだけでは芸がない。おれのような庶民は仕方ないが、王侯貴族ともなると無地のローブ一枚なんてみすぼらしい恰好ができるはずもないから、自然と生地を彩る染色や刺繍の技術が発達した。

 うちが扱うのはそういう商品だ。なにせ元国内一の大商会の布製品担当者たちが固まって独立したんだからな。正直この町にはもったいないと思うが、権力者のお膝元にはそれなりに気を遣わなきゃならないのが商人ってもんだ。

「うん、以前と変わらない品質でありながら値段も妥当なところに落ち着いてる。これなら安心して紹介できるってもんだ」

「ありがとうございます」

 こうしておれはあっさり途絶えていたルートを繋ぎなおすことができ、商店との交渉もスムーズに終えたのだった。



 ただ……

 ひとつ厄介なことをいわれた。

 おれがまだ宿を取っていないことがわかると、先方はある店を推してきたのだ。

 町の南の大通り、そう、あの血祭り通りにある、血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンという宿つきレストランを。

 ああ、知ってるよ。とっくに聞いてるよ。悪魔の巣窟なんだろ?

 勘弁してくれ、と思った。そこだけは絶対に関わりたくなかったのに、まさか取引先に勧められるとは……

 なんでも?

 まだ町への来訪者が少ないから宿のほうは手が余ってるとかで?

 今ならきっとサービスしてもらえる?

 よせよせ、魂胆は丸見えだ。

 閑古鳥が鳴いてるところに餌を放り込んで権力者に恩を売ろうってことだろう?

 だけど断れるかい?

 せっかくこれから仲良く健全な商売をやっていこうと手を繋いだ矢先に、町の支配者に面通ししてこいといわれ、その手を払えるかい?

 おれには無理だね。

 だって、それが原因で「話はなかったことに」なんていわれちゃおれの首が飛ぶ。また、「あいつはうちに挨拶にこなかった」からと商売を邪魔される可能性だってあるんだ。


 ……行くしかなかった。

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