第27話 本日開店、血塗れ乙女亭!
状況を確認しておこう。
バリザード市を実質的に支配していた商工会はおれたちが潰し、一時的におれがその代わりを担うことで町の秩序が真っ当な方向へ回復する道標となった。
商工会事務所とともに焼け落ちた商業ギルドなどの建物も大工ギルドをフル稼働させてようやく竣工し、晴れてすべてのギルドが正常な運営を再開することができた。
それに伴い各中ギルドから二年交代の役員を選出して運営するバリザードギルド協議会を発足させ、その初代議長に商業ギルド長との兼任でのドミ・タンバルを就けた。
あのおっさんあれでなかなかの野心家で、今まで虐げられてきた鬱憤を晴らすように大車輪の働きを見せ、この町を国一番の商業都市にしてやると鼻息を荒くしている。
実際、事務処理能力はおれのもとにいた人間の中では一番だから、市長と組んで悪巧みをすれば夢じゃないかもしれない。二人とも年齢が心配だがな。
その市長のほうは昔取った杵柄というべきか、さしたる障害もなく次々と有名無実化していた市政を復活させ、今ではすっかり名市長として市民の尊敬を集めている。
これは彼の執事から聞いた話なのだが、ルワドが年齢を理由に前職を辞したのは表向きのことで、本当は領主の息子、つまり今の領主のギュレットだが、こいつがルワドに頼りすぎていたのを前領主が危惧して引退させたというのが真相らしい。
まったくとんでもねえじいさんだ。以前のおれのもとにあったら間違いなく内政処理を任せてたぜ。
武の副官ゼルーグ、文の副官ルワド。
うーん、心が躍るね。
ま、今も似たようなもんか。
そうそう、これはついでの話であって町のこととは一切関係ないんだが、あのへたれ領主、暇なのか月一で顔を出しやがって、しかもそのたびにクレアに高価な土産を渡していきやがった。
宝石だのドレスだの、自慢の料理人に作らせた贅沢なお菓子だの……
もちろんクレアが一番喜んだのがお菓子だったことはいうまでもないだろう。
それで味を占めたぼんくらはクレア専属菓子職人を派遣しようとしたんだが、さすがにやつの奥方が黙ってなかった。
そう、やつはとっくに結婚していて子供も三人いる。
それもどうやら妾も許さないほどの恐妻家らしく、浮気がバレてタコ殴りにされたそうだ。それから今日まで顔を見ていないが、羨ましいほど頭の中が愉快なあの男のことだ、ほとぼりが冷めたらどうせまた大量のお菓子をもってやってくるんだろう。
今のところ害にはなっていないからそうであるうちは大目に見てやるさ。あんなのでも領主だから利用価値はあるしな。
唯一満足に推移しなかったのは、戦力だ。
まあ、あれだけ殺し回ったから仕方ないっちゃ仕方ないんだが、もうちょっと怖いもの見たさの冒険者が寄ってくると思ったんだけどな、まだ想定を下回ってる状態だ。
ゼルーグが今も市長の私兵や生き残りの落ちこぼれ冒険者たちを鍛えて巡回の衛兵としては使えるようになったものの、要所に詰めておく人員は絶対に必要だしもしものときの防衛戦力としては皆無に等しい。
もしものときがきたらおれたちが直接出るしかないだろうな。たぶんないと思うけど。
そのもしもの懸念がほぼ晴れたのは、ウィラのお陰だ。
ラジェル商会をはじめ、かつて商工会と裏で繋がっていた悪党勢力はラジェル商会の滅亡によって芋づる式に悪事が暴かれ、概ね壊滅したといっていい。
そのニュースは各国にかなりの衝撃をもって受け止められたが、うちでは市長が開業前だというのに日課のようにやってくるもんだから、
「聞いたかね、ラジェルに続いてホフトーズも国からの摘発を受けて潰れたそうじゃ」
「そいつは不幸な事件だな」
「うむ、まったく不幸な事件じゃ。影響力の強い大商会ばかりが、まさかヴァンパイアに狙われたせいで悪事を暴かれてしまうとはのう。生き残った連中も夜が怖くて眠れんじゃろて」
「夜はぐっすり眠るに限るな」
「まったくじゃ」
なんてお茶請け代わりの世間話にしかならなかった。
当然といえば当然だ。
じいさんに限らず、バリザード商工会の紋章が入った空封筒が現場に落ちていたとあっては、ここの市民なら全員がおれの仕業だと認識したことだろう。
そのとおり、大正解!
だから市内ではびっくりするくらい話題にならなかった。
別にしてもいいんだぜ? 証拠のないただの噂話をしたくらいで制裁したりはしねえからさ。
そんなこんなで、とにかくも町は正常な形に戻りつつある。
大口の取引先がいくつも潰れたのは不幸なことだが、それに代わる商人なんかいくらでも出てくるから、むしろ貿易の面ではかなり活性化したといっていい。
それはおれの店にもいい影響をもたらしてくれた。
バリザードで商いをしたいというやつはみんなまずおれのところに顔を出すもんだから、いい品を優先的に見ることができる。すると仕入れにも熱心なうちの料理長グストー・ファンゼンは大喜びでいい食材やら食器やらを買い込み、おれたちの食事が日に日に豪勢になっていった。
メニューも充実した。
シュデッタ王国の伝統料理やギリア地方の郷土料理、おれの故郷であるパラディオンの料理や魔族ならではの独特な料理、そして甘味の数々。
グストーは唯一甘味作りを苦手としており、ヒューレの作ったフセッタスを食べたときには頭を下げて弟子入り志願したほどだ。
それで面目が保てたヒューレは気をよくしてパラディオンの甘味を教え、グストーは弟子のサロと研究を重ね、クレアに味見という名のご機嫌取りをし、ひたすらクレア好みのスイーツがラインナップされることとなった。
料理長、グストー・ファンゼン。
副料理長、サロ・ミュレス。
ホールリーダー兼料理人、ヒューレ・ユーヴィル。
ホテルリーダー兼給仕、リエル・クザン。
用心棒、ゼルーグ・フレイアス。
夜間警備責任者、ウィラ・グルナイ。
気まぐれ副店長、クレア・ウルフィス(さすがにドーラは名乗れない)。
そしておれ、店長のルシエド・ウルフィス。
これがわが店の役職の顔ぶれだ。
他に従業員は四二人、いずれもクレアから血の鉄則を叩き込まれた無駄に従順なわが精鋭たち。
うち十六人は娼婦ギルドから送り込まれた元娼婦だが、今のところなんの問題もないどころかむしろきてくれて大いに助かってる。堅物のリエルをからかうのはご愛嬌として、ヒューレの顔を潰さない程度に教育を助けてくれたし、さすがに貴族並みの教養をもつ美女たち、礼儀も宣伝効果もバッチリだ。
そんなこんなですっかり冬も深くなり、あとは年明けの春を待つばかりというこの時季に、おれの、おれたちの店はようやくオープンの日を迎えた。
このへんでは珍しい昨夜の大雪ですっかり白く染められた店舗を見上げておれは、
「よし」
と気合を入れる。
従業員一同で店の前に並び、町の有力者たちも最初の客になるべく雪景色の中わざわざ揃ってくれている。
「ねえ、本当にこんな可愛くない名前でいくの?」
クレアはおれの腕にしがみついて入り口横に立てられた、黒地に赤文字の看板を見やる。
「おれたちが新しい人生を歩むきっかけになったんだ、これ以上相応しい名前はないだろう」
「だったら
「由来を訊かれたら面倒だ」
「むう、確かにこれなら誰が見てもわかるけど……」
そう。
ここがどんな店か、誰の店か、少なくともこの町の住民には一発で理解してもらえる名前がよかったんだ。
「さあ、
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