第4話 そうして私は希望に出逢った
何年生きたかなんて、私にはなんの意味もない。
ただひとつはっきりしているのは、私は生き過ぎたのだ。
だからだろう。そしていつからだっただろう、『退屈』に人生を侵され始めたのは。
いいえ、思い出す意味もないわ。いつだったかもわからない過去を振り返るなんてそれこそただの退屈、欠片ほども私の心を満たしてはくれないもの。
だけど、昔は楽しかった。
見る者すべてが美味しそうな血のにおいを漂わせ、片っ端から満足するまで命という命を吸い尽くした。
あの充足感、あの快感は忘れられない。だってヴァンパイアですもの、当然よね。
そうやって自由に生きているうちに私は人類の敵と見なされ、幾度も討伐の戦力を差し向けられた。それらの相手をするのもけっこう楽しかったわ。だって、みんな私を見ると怯えて命乞いをするか、必死に逃げようともがくんだもの。
それらをひとつひとつ木の実のように摘み取っていくのがあの頃の私の趣味。
たまに強いやつもいたから戦闘という意味でもなかなか楽しめたわね。人間、獣人、魔族、同族、ドラゴン……
どれもその種の中では英雄とされていた戦士だったり、私を支配したいと考える業突く張りだったりして、幾人かは今も記憶に残ってる。
それでも私は負けなかった。
いいえ、勝ち続けた。
私に刃を向けた者は例外なく殺し、その命の源を奪い取って私の命とした。
そうやっていい気分のまま国を乗っ取って死者の軍勢を作って大戦争をやったのもいい思い出。
でも……
いつからかしら……
満足できなくなったのは……
満足感を求めれば求めるほどつまらなくて、なんでも簡単に手に入って、誰でも簡単に命を奪えて……
気がつけば眠っている時間が多くなった。
最初は十年ほどだったかしら。それくらい眠れば世界もなにかしら変わるだろうと期待してたっぷり眠りこけたわ。
だけど目を覚ましてもなにも変わっていなかったから、どんどん睡眠時間が増えていった。
五十年、百年、百五十年、二百年……
さすがにそれだけ時間を飛ばせばびっくりするくらい世界は変わる。だけど、それでも、私の人生はなにも変わりはしなかった。
変わらなかったのよ、なにも。
私を満たせるものは、いつまで経っても現れなかった。
だけど、私はいったいなにを求めているの?
私が望む満足って、どんなもの?
今度は、それを探さなければならなかった。
そうしてそれが退屈になり、さらに眠る時間が増えた。
だから私は思ったの。
こんなにつまらないなら生きている意味ってないんじゃない?
だけど残念なことに、私はそう簡単には死ねない。
ヴァンパイアが死ぬにはだいたい三種類しか方法がないみたい。
血の供給を断つか、ヴァンパイアと他種族のハーフであるダンピールに殺されるか、再生ができないくらいまで痛めつけるか。
血の供給を断つのは無理。だってそれだけが唯一存在する本能ですもの。血が足りなくなったら血を求めて凶暴化してしまう。一度試してみたけど気がつけばたっぷり補給しちゃってたから理性が飛ぶこの方法は効果なし。
ダンピールに関しては、実は何度か戦ったことがある。だけどまだ死ぬ方法を探す前だったし、その親ともどもみんな返り討ちにしちゃったものだからやがてぱったりこなくなった。
自分でこさえようともしたのだけど、さっぱり孕む気配なし。長生きする種族はそのぶん繁殖力が低いって聞くから、きっと奇跡的な確率なのね。だとすると今までやってきたダンピールたちの親って、いったいどれだけ励んだのかしら。性欲なんてないのに無駄な苦労恐れ入るわね。
そういうわけで、私は最後の方法を取ることにした。
つまり、実力で私を殺せる者を見つけること。
強いなら誰でもいいわ。だけど無抵抗で殺されてやるのも癪だからそれなりに遊びはするけど……
それがいけなかったのかしら。
いいえ、それ以前にこの世界には私の強さが伝説として語り継がれているから私だとわかった途端みんな戦意を失ってしまうのよね。そのせいでなかなかいい相手を見つけることができなくて、私はまた不貞寝していたの。
そんなときよ、彼が現れたのは。
低俗な魔獣どもを追い払って汚い廃城の一室で眠っていたら、ピンときたの。
強いやつがきた、って。
雑魚を三人連れていたけどそんなものはどうでもいいわ。私の直感は彼こそ私の求めていた強者だと告げていた。
見た目は……そうね、今の時代ではイケメンって表現するのがいいのかしら? 私と同じ銀髪で、端正だけど意志の強そうな男らしい顔立ちに深い青の瞳。そして魔力と生命力漲る若い肉体。
一番貧弱な種族だったことが少し気がかりだけど、きっとすごい魔法でも使うんでしょう。
私は期待を込めてダンスに誘ったわ。
驚いたことに、彼はとても美しい狼に姿を変えて乗ってきた。銀色に輝く蒼い毛並みの、美しい狼。
それが彼の魔法みたいね。
だけどそれ以上にぞくぞくしたのは、彼の殺気!
久しく忘れていた、あの純然たる敵意! 凶暴性!
干からびた私の心を潤すのに、彼は充分な役割を果たしてくれた。まるで殺意それ自体が意志をもって私を蹂躙しにかかってきてるような、殺意という名の手に握り潰されてしまうかのような、えもいわれぬ緊迫感と危機感と充足感……
これよ、これなのよ!
私が求めていた生き甲斐は、これなのよ!
さあ、私を殺してちょうだい!
この幸せな時間が続いているうちに、二度と元に戻らないように、私をぐちゃぐちゃに破壊して!
……その願いは、残念なことに叶わなかった。
怪我を負わされたのも久しぶりだからよかったんだけど、やっぱり人間よね。彼は私ほど丈夫ではなかった。腕がもげて腰から真っ二つになっても生きてるのはたいしたものだけど、どうしようかしら。
見逃してあげたらもっと強くなってまた殺しにきてくれるかしら。
それとももう二度と現れてはくれないかしら。
どうしようか迷ったから、
「殺すのは惜しいわね」
と思わずこぼしてしまった。上半身だけになっても殺気はまるで衰えていなかったからみっともなく命乞いすることはないと思ったんだけど……
「一思いにやってくれ。無為に長生きしたくはないんだ」
彼はそういって、目を閉じた。
そのとき、私の中のなにかが軋みを上げたような気が、した。
――無為に長生きしたくはない――
それは、私のことをいっているの?
私が、無為に長生きしていると?
……ええ、そうよね。確かにそうよ。
だから私は満足な死を求めた。
だけど、彼はなぜ?
私ほど長生きしているわけもないのに。
なぜ、私と同じものを求めるの?
わからない。
これはなに?
今私の中から湧き上がってくるこの感情のようなものは、なんなの?
狼の姿でもはっきりわかるくらい怪訝そうな顔をして、彼が戸惑う私を見上げている。
わからないのはこっちなのよ。
感情の処理に手間取っていると、不意にお腹に熱が走った。
刺されたのだ。蹴散らしたはずの小バエに。
次の瞬間には別の虫ケラが剣を振りかぶっていたから咄嗟にかわし、今度こそ息の根をとめてやろうとしたところへ矢が刺さる。
頭にきて虫ケラどもを振り払ったのが、失敗だった。
……いいえ?
これで正解だったのかしら。
その隙をついて彼が、炎をまとって片方しか残っていない腕で飛び上がり、私の首を見事に噛み千切ってくれたのだから。
紅い炎に包まれ、死にゆく狼を抱きながら、このとき確かに私は、求めていた『死』を手に入れたのだ――
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