瞼の裏に浮かぶのは。

「ちょっとサカタ。ツラ貸して!」


オレのクラスにズカズカ入って来てバンッと机を叩いたのはFクラスのナカサキだった。


「ねぇ、あんたさ、なんでユキのことフッたの?」


オレよりも20センチ以上低い目線で睨んでくる相手は、オレの元カノ、ユキの親友らしい、ナカサキ マナだった。ま、こいつがオレに話しかけてくる理由なんてユキのことくらいだ。


「お前にそんなことカンケーない」


「関係なくないから言ってんの!ユキね、あんたにフラれた後私に連絡くれたの」


それを聞いてハッと顔を上げた。本当に、ユキはこいつのことを信用してるらしい。


「あの子、泣いてた。いつもは絶対人前で泣かないユキが、泣いてた」


今日、ユキは学校に来ていない。ユキが来てたら、こいつはたぶん、オレのとこには来なかった。ユキが止めるだろうから。


ナカサキは下を向いて、手を強く握った。


「なにが、ダメだったのかな」


「私に魅力がなかったのかな」


「ずっとあいつの横にいたかったな」


一言ずつ、ナカサキが呟いていく。そして、次に顔を上げたこいつは、泣いていた。


「ユキは、あんたのこと大好きなのに、なんで、なんでユキのこと突き放すの?!先に付き合ってって言ったのあんたでしょ?!なんで!なんで、あんたがそれで、ユキのことフるの!」


廊下の隅とはいえ、ナカサキの声は響く。遠巻きに野次馬が増えていく。


「悪いと思ってる。でも、中途半端な気持ちで付き合…」


「ユキはそれでもよかった!また、また、あんたが自分のことを好きになってくれると思ってた!なのに、なのにっ…!あんたはユキのこと振り回して、自分勝手に突き放して!」


オレの言葉を遮ったナカサキは涙をこぼしながら、オレを怒鳴る。

それが、無性にイライラした。わかってる。オレがユキを振り回して、自分勝手に傷つけたのなんて。


「どれだけユキがあんたならこと好きなのかっ!どんだけあんたのこと大切にしてたか!わかってんの?!」


「わかってたよ!そんなのナカサキに関係ないだろ!!オレたちの問題なんだよ!」


「だからって!ユキを泣かせていい理由なんてどこにもないのっ!なんで!なんでユキがあんたなんかの為に泣かなきゃいけないの?!」


「はい。マナ。ストップ。そこまでだよ」


オレに飛びかかる勢いで怒鳴っていたナカサキの声を遮ったのは、Dクラスのマツダ サキだった。ナカサキを自分の方に向けて、抱きしめてあやすようにポンポンと背中を叩いていた。


「ひっぐっ…さ、きちゃ…な、んっ、でっ…」


「びっくりしたよ。朝練終えて教室行ったら、クラスの子に下でマナとサカタが喧嘩してるって言われたの。マナ、確かにユキちゃんのことで怒れたのはわかるよ?でも、マナがここまでしなくてもいいの」


なだめるように言い聞かせるマツダの言葉にゆっくりと頷いたナカサキは鼻をすすりながら「でも…」と反論した。


「ユキが、泣いてて、ユキは私の親友で、ほっとけなくて…」


「うん、そうだね。マナはユキちゃんのこと大好きだもんね?でも、ユキちゃんはマナにこんなことしてほしかったのかな?」


そう言いながら、ナカサキに言い聞かせたマツダは、ナカサキが落ち着くと、抱きしめた体勢はそのままに、オレの方を見た。


「だいたいの内容はマナ経由で聞いてるけど。まぁ、私は正直どうでもいい。ユキちゃんはマナの親友であって、私の友達ではないからね」


そう言って、少しため息をついたマツダは、自分の腕の中にいる少女を見下ろした。

ナカサキはぎゅっとマツダの制服の裾を握って泣いている。

オレが178センチで、ナカサキが150後半。それでマツダは女子の中では高めの160後半。女子2人で抱き合っている姿は、何故だか恋人同士のように見えてしまう。


「でも、マナは私の大切な人だから。今回はマナにも非があるから目を瞑るけど…」


そこで言葉をきったマツダはギロっとオレを猫のような瞳で睨んだ。それに、びくりと体を揺らす。ナカサキが睨んだところで怖くも痒くもなかったが、マツダの睨みは迫力があった。


「次、マナを泣かしたら容赦しないから」


ナカサキはそれだけ言うと、ナカサキを連れてどこかへ行ってしまう。


『なんで!ユキがあんたなんかの為に泣かなきゃいけないの?!』


その言葉が、オレの中で反芻した。ぐるぐると脳内を回って、回っている。


1つ、ため息をついた。


嫌いだったから別れたんじゃない。

けど、好きでもいられなかったんだ。

しょうがないじゃないか。

最初は好きだった。

誰よりも大切だった。

けど、だんだんわからなくなってしまったんだ。


そんなことが浮かんでは心を埋めていく。


オレは、そんな気持ちを忘れる為に教室に戻って自分の席に足早に戻って、突っ伏して目を閉じた。


『ずっと、あいつの横にいたかったな』


そう言って泣いているユキの姿を、見たわけではないのに、瞼の裏に浮かんだ。


ユキ、ごめん。

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