悪者になりたい。

「かーずき!一緒に帰ろ?」

「あー…うん。ちょっと待って、これ終わらす」


教室に残って、日誌を書く大好きで、たまらない彼氏の背中に寄りかかると、少し悩んだような、躊躇ったような返事が返ってくる。


最近、カズキは冷たくなった。別に、無視したり、露骨に冷たくされたんじゃないけど…

LINEの返信が前は、1時間か2時間くらいで返ってきてたのが、夜送ったLINEの返事が朝返ってくるようになったとか、話を上の空で聞いてたりとか、前は「帰ろ?」って言ってくれてたのが、無くなった、とか。

ほんとに些細なこと。


友達は、気にしなくてもいいって言ってくれた。部活も忙しくなったし、練習で疲れてるんだろうと思い込んでた、いや、思い込もうとしてた。

だから、たまの部活のオフくらい、一緒に帰りたかったんだ。


「わり、待たせた」


「いいよ、日誌でしょ?」


日誌を書き終えたカズキは、リュックを背負って、私に声をかけた。


「あ!ユキ帰るのー?ばいばーーい!」


「バイバイキーン!」


2人で階段に向かう時に、となりの教室の前を通りかかれば、友達が手を振っていたので、自分も手を振り返す。


正門を出て、駅に向かう。

もう日も傾いて、空がオレンジに染まっていた。


「さっむいねぇ…冬越せる気がしなくなってきちゃったー」


冷たくなってきた空気に、そんなことを呟けば、カズキは「そうだなー」なんて軽く返す。たしかに、話の続く内容ではなかったが、前はこんなにも短く会話が終わることは少なかった。


何故だか、それが気まずくってもう一度話を振る気になれなくって、無言が続いた。


無言のまま、駅まであと5分ほどのところまで来てしまった。


「なぁ、ちょっと寄ってかね?話、したい」


カズキが指差したのはコーヒーショップ。いつもの寄り道場だ。


だけど、「話、したい」それが、とてつもなく嫌な予感でしかなかった。


「あ…で、も、今日ちょっと早めに帰りたい…」


話を聞きたくなくて、嘘をついた。前なら、予定がその後にあっても寄り道してたのに。


「すぐ終わるから」


そう言って、カズキはスタスタと店に向かって行ってしまう。たぶん、私の嘘なんてバレてるから。後についてくしかなかった。


カズキはホットのコーヒー、私はホットのキャラメルマキアートを頼み、カウンターで受け取って、窓際の向かい合わせの席に座った。


一口、マキアートを飲めば、口の中は甘さが広がって、一息つく。カズキは、スマホをいじりながらコーヒーを飲んだ。


数分の沈黙のあと、カズキはスマホとコーヒーを置いて、私のほうを向いた。


「なぁ、ユキ」


「ん?どうかした?」


できる限り明るく、なんでもない風に、いつも通り返事をした。


「俺たち、別れよ」


一息ついて、カズキが口にしたのは、私にとっての死刑宣告だった。


「な、んで?私、なんかした?カズキ怒らせるようなことした?」


カップを落としそうになるのを堪え、言葉を投げかける。


「そーゆうことじゃないから」


「じゃあなんで?なんか直してほしいことがあるなら直すから。だから、そんなこと、言わないでよっ…」


涙で、視界が揺らいでカズキがゆらりと揺れる。嫌われるようなことをした覚えはない。でも、なにか気に触ったなら、直すから。だから、そんなこと言わないで欲しかった。


「ちがう。ユキがどうとかじゃない」


「じゃあ!なんで、別れようなんて言うの?!」


少し、声の音量が大きくなってしまい、周りの席の人がこちらを向いた。それで、少し冷静になろうと、カップを口に運んだ。


「ユキは悪くないんだ。俺が、お前のこと好きかわからなくなったんだ…」


その言葉に、堪えていた涙が堰を切ったように流れ落ちた。


こぼれ落ちる涙が、机の上に小さな水玉をいくつも作っていく。


「ごめん…」


「謝ってなんて、ほしくない」


そう、冷たく言い放って立ち上がった。


「じゃーね、サカタくん。私も、あんたのことなんて、たいして好きじゃなかったから」


最後に、名前呼びを苗字に変えて、バックを肩にかけて、足早に出口へ向かう。


「ユキっ!」


私の名前を呼んだ、カズキを無視して、振り返りもせず店をでた。


なんで、最後に謝るの。謝るくらいなら、別れないでよ。カタチだけでもいいから、カズキの『恋人』って言う、唯一が欲しかった。

けど、カズキは優しくて、素直だから、自分が悪者になろうとしてくれたんだね。


だけど、そんなことさせたくないから。だから、突き放した。


気づいてなかったかもしれないけど、あそこには、学校の人もいたから。


カズキが、一方的に彼女をフッた。なんて、噂を立たさせないために。


私はフッた彼氏に嫌味を言うような悪い女になるよ。


ごめんね。カズキ、ほんとは、さっきのは嘘だから。出会った時から、カズキのこと大好きだったよ。たぶんカズキが今までも、これからも。一番好きでたまらない人だよ。


だから…




最後は私が、悪者にならせてください。

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