私と黒い悪魔の奮闘記
ある暑い日、一人暮らしをしていた私だが、私の一番嫌いな生き物に出会ってしまった。「あれ」だ。その生き物は口にするのだけでもためらう、黒くて、テカテカと黒く光っていて、足がはやい。もうこれだけの特徴でなんの生き物か想像できるだろう。とにかく私はその生き物が大の苦手だった。
そんな生き物がうら若き女性の一人暮らしのアパートに出没したっていうもんだから、軽いパニックに陥った。
「うっわ、ついに出ちゃったよ…えぇ~まじか~…どうしようどうしようどうしようやばいやばいやばいやばい」
なんて一人でぶつぶつ言っていても埒が明かないことは分かっている。それでもつぶやかずにはいられない。
その悪魔は今、玄関からは離れている壁に張り付いている。アパートを出るなら今しかないと思い、なるべく物音をたてず、抜き足差し足忍び足でそっとアパート出た。
「うわー、まさかうちの部屋にでるなんて思ってなかったよ、最悪だ。去年は一匹もでなくて、このアパートはでないアパートなんだなって安心してたんだけどなぁ」
またもひとり言が捗る。大体何であんな小さな虫に恐怖感を覚えるのだろう、もうちょっと動きが遅かったら何とかなるかもしれないのに、ていうか飛ぶ機能いらないでしょ! なんてぶつぶつ言っていたのだが、どうすればいいかは考えてはいなかった。
「うーん、あ! そうだ! はかせのところに行こう! なんかあの生き物に対して効くもの作ってあるかも!」
そう思った私は、早速はかせのもとへ向かうことに決めた。
はかせというのはあだ名で、まあ色々な話でもよくあると思うが、ただ単純に頭が良くて、なんでも発明してしまって、名前も博士っぽいからそんなあだ名がついた。本名は阿部博人。彼とは大学で知り合い、彼が作る発明品にとても興味があった。へんてこなものしか作ってないけど、すぐ仲良くなり、今でははかせと呼んでいいと許してくれているのは私と、その他数人ぐらいだった。
はかせの家に着いた。家というよりは、研究室みたいなものだけど。会うのは久しぶりだが、彼なら頼み事を聞いてくれるだろう。家のチャイムを鳴らした。
ピンポーン
「はい、どちらさまですか」
「久しぶり! はかせ、会いにきたよ!」
私は出来るだけ元気な感じであいさつをした。
「お、君かあ。久しぶりだね。なんか用?」
はかせの顔は少し生気がなく、青白かった。目にはくまができていて、察するに誰とも会わず、会話もせず、発明に没頭していたというところだろう。
「実は、ちょっと頼み事があって…」
極めて深刻そうな顔をして言ってみた。このほうが話を聞いてくれそうだと思ったのは秘密だ。
「なんかあった? とりあえず上がってってよ、何にももてなしは出来ないけど」
そう言った彼は、私を自分の家に上げてくれた。
彼の部屋は、相変わらず自分の作ったものでいっぱいになっていた。数か月前に来た時よりも、なにかよく分からないものが増えている気がする。
「それで? 頼み事とは?」
はかせが早速本題に触れてきた。私は一刻も早くなんとかしたいので、ことの経緯を彼に詳しく話した。
「実は、かくかくしかじかで…」
「ああ、出たんだ、ついに君のところにもあの生き物が」
そう言った彼は高々と笑い、そうか、そういや君あの生き物が大の苦手だって言ってたよなと、少し馬鹿にするように言ってきた。私はそれを聞いて少しむっとした。
「いや、笑いごとじゃないんですけど」
「ごめんごめん、実は私の部屋にも出るんだよ、その黒い生き物。別に嫌いではないのだが、うろちょろと動き回られるのが目障りだからね。だからそれを殺すための発明品はあるんだ」
私はよしきた流石! と思って心の中でガッツポーズをしたと同時に、改めてはかせを尊敬した。
「じゃあそれを貸してよ!」
「わかったわかった、今持ってくるから少し待ってて」
数分後、はかせが頑丈そうな箱を持って戻ってきた。
「おまたせ、これなんだけどね」
「わあー、って、なんでそんな頑丈そうな箱に入れてあるの?」
「ああ、実はこれ、ちょっと効果が強すぎるものでね。この頑丈そうな箱は、それを抑制するためにあるんだ」
彼はそう言って、大事そうにその箱を置いた。箱ごときでそんなに大切に扱うものなのだろうか? と思っていたが、あまり気にしないことにした。
「効果が強すぎるって、どれくらい強力なものなの?」
「これは、この箱の中身を取り出して、気になる場所に置くだけでその生き物が寄ってくるってものなんだよ」
「えー! すごい! 集まったところを一網打尽ってわけね! ありがとう! 早速使ってみるね!」
私は正直説明とかいいから、早くあの黒い悪魔を退治したいと思っていたので、はかせが説明をする前に急ぐように家をでようとした。そこをはかせに呼び止められた。
「あ、待って! アパートで使うのはいいんだけど、使ったらすぐ中身をしまって、ここにまた持ってくること。それだけは覚えていてくれ」
私は、はーいと返事をしながら急いでアパートに向かった。今は夜の8時を回っていて、すっかり暗くなっていた。
アパートに着き、おそるおそる扉を開けて、電気をつけて部屋を見渡した。あの黒い悪魔はいないようだ。一体どこの隠れたのだろうか。
「隠れたって無駄だよ! こっちにはこれがあるんだから!」
なぜか少しテンションが上がっていた私は、返事が返ってくるはずのない部屋で、意気揚々と声を出していた。
箱を開けると、その中には、黒い悪魔を殺すであろうスプレーみたいなものと、文庫本程度の大きさの黒い箱の中に、飴玉のようなものが何個も敷き詰められているものが入っていた。箱のなかの黒い箱がある…私はそれを両方手に取り、スプレーを片手に、文庫本程度の大きさの黒い箱を気になる場所に置いてみた。
二分、三分経った頃であろうか、冷蔵庫の隙間から黒い悪魔が箱めがけて飛び出してきた。一匹だけだと思っていたのだが、それに続いて二匹、三匹と次々に飛び出した。私はそれを見て、うぎゃ! と声を出してしまったが、なんとか制して、黒い悪魔たちに思いっきりスプレーを吹きかけた。
それをくらった瞬間、黒い悪魔たちは少しだけ狂ったようにもがきだしたが、すぐにひっくりかえって動かなくなった。
「すごい! これ本物じゃん!」
その効果を実感した私は、はかせに深い感謝をしつつ、慣れない手つきで、なんとか死んだ黒い悪魔たちを処理した。
これで脅威は消え去った。ほっと胸をなでおろした私は、はかせが使ったら必ずすぐ返しに来いと言っていたのを思い出した。
思い出したのだが、もう夜だし、明日も早いということもあってか、黒い箱の片づけも忘れて、シャワーを浴びた後すぐに寝てしまった。
朝の5時半に設定してあったアラームが鳴った。まだ少し寝ていたいけれど、そういうわけにはいかないと、起きようとした。すると、ある違和感に気が付く。部屋のフローリングは白のはずなのに、黒い…? あれ、おかしいなと思い、寝ぼけまなこをこすって確かめてみたところ、部屋中に黒くてテカテカしたものがうごうごと蠢いている。これは…もしや…!?
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
それがなんなのか気が付いた私は、今までにないくらいの絶叫を上げ、気絶してしまった。
返しに来ないはかせが心配して私の部屋に上がり込んできたらしく、私は黒い悪魔が死んだときと同じようにひっくりかえって気を失っていたと、はかせから嬉々として語られたのは言わなくても分かることだろう。
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