名前で呼ばせたい

俺は妹から「兄ちゃん」と呼ばれるのが嫌いだ。なぜかは分からないけれど、とにかく嫌いだ。妹が嫌いなのではない、ただ単純に、「兄ちゃん」と呼ばれるのが嫌なんだ。ついさっきなぜかは分からないとは言ったけれど、大体の予想はついている。俺は多分、自分の名前で呼ばれたい人なんだろうと思う。


因みに、俺には山田涼平という立派な名前がある。まあどこにでもいそうな名前なのだが、名字はあまり好きじゃない。でも名前は気に入っている。りょうへいなんて、カッコいい名前ではないか。こんな名前を付けてくれた両親にはとても感謝している。学校のみんなには、絶対に下の名前で呼んで欲しいと言っているし、山田と呼んでくるやつとは基本的に仲良くしたくない。それほど俺は自分の名前が好きなのだ。


考えてみると、たしかに妹から「兄ちゃん」と呼ばれるのは特別なのかもしれない。妹しか呼んでくれない唯一のものだろうし、兄妹であるということをこれでもかと言うほど強調している。他の人から「兄ちゃん」と呼ばれたら、俺は白い目で見られること間違いなしだろう。


しかし、それとこれとは話が別である。俺は妹のことをちゃんと名前で呼んでいるし、妹のことを妹と呼んだことなんて一度もない。それなのに、なぜ妹は俺のことを「兄ちゃん」と呼んでくるのだろう。なんか不公平だ。俺が名前で呼んでいるのだから、妹の方からも、俺のことを名前で呼んだって構わないのに、どうしてなのだろう。


もしかして、お母さんか。そう言えば小さい頃、妹に俺のことをお兄ちゃんって呼びなさいと言っていた時がある。それが原因なのだろうか。悩んでいても仕方ない。妹に俺のことは名前で呼べと言いに行こう。


「なあ、俺のことはこれから名前で呼んでくれないか」

「え?いきなり何、長年兄ちゃんって呼んできたから今更名前は無理。百歩譲って兄貴なら可」


なにが可だ。くそ、なんとまあ融通の利かない妹なんだろうか。なんだ、恥ずかしいのか、俺のことを名前で呼ぶのがそんなに恥ずかしいことなのか。俺は兄ちゃんって呼ぶ方が恥ずかしいと思うのだが、違うのか? 全く良い案がでない、どうにかして俺のことを名前で呼ばせたい。


いや、これはどうだろう。俺が妹のことを妹と呼ぶのは。逆転の発想だ。これなら全く不公平じゃない。俺が妹のことを名前で呼んでいるのに、妹は俺のことを名前では呼んでくれない。じゃあ俺が妹のことを名前で呼ばなくすれば、妹が俺のことを名前で呼ばなくてもなんら問題はない。筋が通っている。まあ、俺のことを名前で呼ばせるというのは一旦置いておいて、不公平感を取り除こうじゃないか。我ながら名案だ。なんだかわくわくしてきた。


「なあ、妹よ」

「いや兄ちゃんそれはきもい」


俺はいったいどうすればいいんだろうか。

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