4-1 あたしが盾になってやる

「成る程、つまり貴方は連れてきた金銭欲を成長期に入る前に殺した。と」

「いや、その……わ、わりぃ……」


 暗い部屋で、青年が幼い顔立ちの少年の前で正座で座り込んでいた。少年の前で身を小さくしている青年は、なんだかチグハグに見える。


 少年はため息をつく。そして腰に手を当てて、ジッと目の前の青年を見つめながら、口を開ける。


「別に怒ってるわけじゃありませんよ、マタル。ただ、貴方がいたのになぜ成長期に入れなったのでしょうか?」

「魔法少女達が邪魔しにきたんだよエレンホス……まさかあんなに早く見つかるなんて思わなかったんだ」


 マタルはもう一度ポツリと謝罪の言葉を述べる。エレンホスは、いつも被っているシルクハットを頭から取り、一言明けてから口を開ける。


「でしたら次は、早く見つからないようにすればいいですね」

「……?」

「だから……この失敗を生かせばいいんですよマタル。次は、期待してます」

「……!!おお、任せろ!お前の期待には俺は絶対に答えてやる!!」


 マタルはそう言って立ち上がる。先程までの小さくなっていたのは何処へやら。彼はもう顔に笑顔を貼り付けていた。


「ほっほ。若いのは元気でいいのぉ……」

「ボヌール。何の用ですか?」

「いや、主らに用はありませんじゃ。強いて言うなら……おや、あの子はどこに行ったかの?」

「……あぁ、彼女なら、確か三月高校に行ってますよ。なんでも、いい素材が見つかったとかなんとか」


 その言葉を聞いて、ボヌールは顎に手を置いてウンウンと頷いている。そして、短く礼の言葉を述べて、どこかに歩いて行った。


 その姿を見た後、マタルは小さく舌打ちをする。床の上に座り込んで、忌々しく言葉を転がした。


「あいつ、あんま好きじゃねぇんだよ……」

「まぁでも、彼はよくやってくれます。流石は幸福欲といったところですね」


 幸福欲。彼は人の幸福を優先して動くと言う変わった欲を持っている。だから、相手が何を望んでいるのかが一目でわかると言うのだ。


 だから、ディザイアの素質があるものを見つけれる。いや、実際見つけられないのはマタルだけで、他は大なり小なり皆見つけることができる。


 そして、ボヌールは最近できた新しい完全体のディザイア。それだけなら別にいいのだが、彼はなんだか馴れ馴れしすぎる。そして、どこか得体のしれない気持ち悪さを持っていた。


 どういう経緯で彼を見つけたのか。エレンホスに聞いたが適当にはぐらかされただけに終わってしまった。それもまた彼の得体の知れなさを加速させている。


 時計の音だけが部屋に響く。しばらく経った後、エレンホスはガチャリとドアを開けてマタルを見た。


「僕は出かけます。マタルは留守番を頼みますね。大家さんとか、宅配便が来たら、その都度よろしくお願いします」


 殺人欲の俺に頼むのかとマタルは内心突っ込むが、それも彼が自分に期待しているのだろうと頭の中で結びつけて、任せろと彼に声をかける。


 その言葉を聞いて満足そうに頷いたエレンホスは外に出ていった。マタルはイヤホンを耳につけて、しばらくありそうな暇な時間をどう過ごすかと考えていたのであった。



 ◇◇◇◇◇



 少女が駅前のベンチの上に座っていた。黒い髪にオレンジのシャツの少女は、することも特にないので自分の脈の回数を計っていた。何かの本で暇つぶしに最適だとか聞いたことあったのだが、そうでもない気がする。


 駅にいるため、人通りは多いが彼女は今待ち合わせをしてるため、他の人にはあまり興味はない。


 脈を数えすぎていくら数えたか曖昧になってきた時、目当ての人物が駅の中から出てきた。彼女はこちらを見つけて手を振りながら走り寄って来る。


「遅れました!あかねパイセン!」

「いや、こっちも呼び出して悪いな、紫苑」


 あかねと紫苑。二人の少女の名前はそういった。あかねは、紫苑が隣町の新月町から来るのを、待っていたのだ。


 勿論理由もなく呼ぶわけじゃない。彼女たちはつい先日共闘関係を結ぶことを決めたのであり、そして二人とも魔法少女なのである。


 魔法少女といってもキラキラマジカルハートにきゅんっ♡みたいな、そんなものじゃない。彼女たちがいるのは、一歩間違えれば死んでしまうような世界だ。


「悪いな、紫苑。ここまで遠いのに、よく来てくれたな」

「いや。大丈夫っスよ。確かに遠いっスけど、電車で揺られて2〜30分くらいの距離っスから、特に苦痛じゃないっス。それに明日から走ってくるっスからお金の心配もないっスね」

「それならいいんだけど……って、走るの?」

「もちろんっス。今日は駅まで妹に見送られてたから変なことできなかったスけど、明日以降は走ったりなんだりでここまでくるっスよ」


 紫苑が問題ないといっているなら、それでいいかとあかねは考える。それに、彼女の良心でここに今の二人の関係ができてるのだ。あかねにはいちいち口を出す筋合いなどはない。


 とにかくと言うわけで二人は歩き出した。とりあえずあかねの家を目指し始める。まだ、土曜の朝だと言うのに、駅前には人が多い。


 逃げるように。と言う表現は適切ではないが、二人はそそくさとその場を立ち去る。しばらく歩き、あかねの家の前に着いたときようやくホッと一息をつけた。


 鍵を開けてあかねの家に入る。家には今誰もいなくて、紫苑はそのことを尋ねる。帰ってきた答えはただ単に仕事で忙しいからと言うのであった。


 あかねの部屋に行くと、そこには天使くんが眠るように床の上にいた。彼はあかねたちに気づくと慌ててふわりと浮かんで空中にとどまる。


「さて、と。紫苑。改めて来てくれてサンキューな。これ、あんまりお礼になんねぇと思うけど」


 あかねはそういって紫苑にクッキーを手渡す。紫苑は涙を流すほどの勢いでそれを受け取り、大きく頭を下げた。


 大袈裟だなと思いつつ、あかねはベッドに腰掛ける。自分の横をポンポンと叩き、紫苑に座れよと促した。彼女は遠慮していたが、やがてそこに座り込む。


「えっと、あかねパイセン。一体今日は何をするんスか?」

「あぁ……いや、簡単に言えばあたしは敵を知らなすぎるなあって」

「と、言いますと?」

「つまりは、ディザイアについて教えてほしいって事だ。わかる範囲でいいからさ」


 あかねがそう言うと、紫苑は腕を組んで考え始める。そんな難しい話題なのかな?とあかねは思いながら、紫苑が口を開けるのを待った。


 やがて、紫苑は考えがまとまったのか口を開ける。けれど、顔は少しだけ申し訳なそうだった。


「申し訳ないっスけど、私もよく知らないっス。欲望から生まれた存在であり、人類の敵。そしてそれを倒すために魔法少女がいるとしか……」

「そうか……天使くんに聞いても詳しく教えてくれねぇからなぁ……」

「天使くん……」


 紫苑は顎に手を当てて彼の名前を繰り返す。何か思い出したのかと思い、あかねはゴクリと生唾を飲む。


「あ、いや。ディザイアについてじゃないっス。天使くんとか、そう言う人?は契約したらみんなどっか行くんスけーーー」

「わかった!俺がディザイアについて教えてやる!!」


 突然紫苑の言葉を遮り天使くんが口を開ける。それどころか、あかねと紫苑の間に割り込んできた。


 二人の視線を受けながら、天使くんはこほんと空咳をしてから、悩むようなそぶりを見せた後口をゆっくりと開く。


「ディザイアは欲望から生まれた存在……と言うのは知ってるだろうが、まぁそうだな。完全体とかそう言うのについて教えておこう」

「この前のエレンホスとかがいってたやつか」

「あぁ……ディザイアには簡単に言えば三つの成長段階がある。一。潜伏期……つまり、人間の体で欲を解消してるときだな。二。成長期。これは、姿形はバラバラだが、化け物の姿になり、それが欲を解消する。結界を持ち始めるのもこの時期だな……そして最後。三。完全体だ」

「完全体……」

「そう。欲を解消した結果行き着くゴール。それが完全体だ」


 天使くんはそういってふわりと飛ぶ。何かをし始めたかと思えば、羽を器用に使い、どこから取り出したかはわからないが鉛筆とノートを握っていた。


 カリカリと何かを書き始めて、あかねと紫苑はその作業を見つめていると、そのノートに書きあがった行くのは何かの図だった。


「こほん……次に、それぞれの特徴をもっと詳しく教える。潜伏期は人間の体出来る欲の解消しかできない。つまり、そこまで脅威はないから、この時期に倒すのをオススメする。まぁ、普通の人間と見分けはつかんが」

「この時倒すってどうするんだ?」

「確か……殴ればいい。はずだ。とにかくこのとき倒せたら……まぁ、少し記憶が飛ぶが人間の体には特に影響はない」

「なるほど」


 そう言いながら天使くんはまだ図を書いていた。完成したのは、大きな丸の中に【欲】と描かれたそこそこ大きな丸がある図だった。なんだか不思議な絵で、あかねは首をかしげる。


「次に成長期。これはまぁ、あの化け物達のことだな。こいつらが最初にするのは潜伏していた人間を捕食すること……理由はわからんが、まぁ、エネルギー補給か何かだろうな。んで、生まれた化け物は欲の塊だ。つまり、今までいた人間の体から欲望が抜き取られた事になる……と言うことはだ、この成長期になった瞬間に助けた人間は、心に大きな穴が空いた状態になるから、恐らくは……」

「廃人になる……ってことっスか?」


 紫苑の言葉に天使くんはこくりと頷く。そして、大きな丸にある欲の絵を消した。すると、そこに大きな穴が空いたような図になってしまう。


 そしてその図を消して、今度は隣に欲と書かれた文字を書く。これが成長期のディザイアということだろうか。


「さて。次は完全体だが……欲の塊がさらに欲を貯めた存在。つまり、やばい奴らだ。この時、成長期の時に食した潜伏してたやつに近い形になる。人間の姿をしてるといっても、戦闘力はかなり高い……一人で街一つくらいならなくせれる」

「たしかにこの前戦ったマタルとか言うやつはあたしは勝てる気がしない……戦ってないけど、エレンホスやボヌールにも、勝てる気はしなかったな」

「そう言うことだ。まぁ、紫苑……ミーティなら勝てるかもしれんがな」

「えっ。紫苑ってそんなに強いのか?」

「うーん。必殺技は強い自信があるっスけど……出が遅いっスし、隙もでかいっス。強いか弱いで分けたら弱いっスね」


 ミーティの必殺技。確か、隕石を落とすような技だったような気がする。それは、金銭欲を一撃で倒していたのだから、その威力はかなりのものだろう。


 ただ、あかねにはそんな技はない。マジカル☆インパクトという技はあるが、威力はそこまで高くなく、この先通用しない可能性の方が高い。


 だったらどうするか?出が遅く隙が大きいというミーティの弱点を補うしかない。そしたら結論は一つ。あかねはその結論を述べるために口を開けた。


「あたしが盾になってやる」

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