4-2 あたしが盾になってやる

「イェーイ!ハローヨーツーバー!どもーサイゴカチョーでっす!」


 パソコンの中の青年は、わざとらしいほどのテンションで自己紹介を始めた。その後、コンビニに置いてあるようなドリンクを取り出して一口飲む。


 するとまたわざとらしすぎるテンションでそれの感想を叫んでいた。しかし、出てくる感想は「うまい」の一言しかない。


 それを見ている青年がいた。彼は、パソコンに映る青年と瓜二つだった。それもそのはず、この動画を投稿してるのは、彼なのである。


 見つめる先は、動画の中の自分と、右下に書いてある数字の数。それは、108としか書いてなくて、青年は突然喚き散らす。


「なんでこんなにおもしれぇのに伸びねぇんだよ!!ヨーツーバーにいるやつらセンスなさすぎまじしねよ!!」


 青年はそう叫んでキーボードを叩く。カタカタとその勢いのまま操作し始めてるかと思うと、掲示板になにやら書き込んでいた。


 しばらく書き込んだ後、彼は満足そうに頷いて、パソコンの電源を落とす。一仕事やり終えたような顔になり、おおきくのびをした。


「ふぅん……掲示板に、自分の作品を持ち上げる書き込みするんだ……自演ってやつ……?」

「うるせぇな!俺の作品の面白さをわかんねぇやつがわるーーー!?」


 その時彼は気づいた。突然聞こえた女の声に反応して、思い切り振り返る。そこには、猫耳パーカーを着た少女が立っていた。


 青年は頭の中をフル回転して今の状況を理解しようとするが、うまく言葉が出ない。それに気づいてるかはわからないが、少女はため息をついて、青年の肩に手を置く。


「あなたの欲は……あまり好きじゃないけど仕方ないよね……三月高校に行ってる理由を作らないとダメだしね……」

「な、何を言って……!?」

「その欲望、私に見せて……大丈夫……怖く、ないよ」


 少女がそう言った瞬間、彼女の手から光の粒子が彼の中に入り込んでいく。不快には感じない。むしろ快感だ。


 ドクン。心臓が跳ね上がる音が部屋中に響く音がしたのと同時に、青年は気を失う。ばたりと倒れたのを見て、少女はゆっくりとその場から離れていこうとした。


「おや、テベリスや。もう仕事が終わったのかい?」

「……ボヌール……」


 突然後ろから老人の声が聞こえて、テベリスと呼ばれた少女は鬱陶しそうにその老人を睨む。


 老人。ボヌールは小さく笑いながら、テベリスに近づく。テベリスは、あまり彼のことが好きではないので、そそくさと立ち去ろうとした。


「まぁ、待ちなさい。儂はお主と少し話がしたいのじゃよ」

「私は……したくない……邪魔。どいて」


 テベリスが無理やり彼の横を通ろうとすると、ボヌールは残念そうな声を漏らし「そうか」とだけ呟き、スッとからだをうごかした。


 まさか本当に退くとは思わなかったが、何より好都合だ。テベリスは彼の横を素通りしていく。


「これは独り言じゃが……マヒロという少女を知ってるかの?」

「……っ!?」

「ほっほっ……それでは、邪魔な爺は立ち去ろうとするかの」


 その言葉と同時に、ボヌールの姿は消えていた。テベリスは声をかけようとしたが、先ほどまで居なくなって欲しいと思っている彼に対してそんな対応を取ろうとした自分に気づき大きなため息を吐く。


 そしてそのまま、彼女は部屋に残された青年を放置して窓から出て行った。しばらく経つと、その部屋から大きく騒ぎ出す男の声が聞こえてきたのだった。



 ◇◇◇◇◇



 太陽が一番元気になり、ほとんどの学生は少しでも冷たいところを求め始める7月。あかねは汗をかきながら、学校に行く道を歩いていた。


 トボトボと道を歩いている彼女の道筋に、汗の跡が出来ていき、あかねは大きくため息をついた。彼女は夏はあまり好きじゃない。


 まだ冬の方が好きである。なんせ冬は着込めばいいが、夏は脱ぐのには限界がある。それだけじゃなく、汗を掻くのはただただ不快だ。


 プールや海が好きという人も多いだろう。けどあかねは水着は着たくない。貧相な体が周りに見せてしまうのは、かなり辛い。ただでさえ、彼女は男に見られてしまう。それ故に女装扱いされたことは何度もある。


 しかし、憂鬱なのはそれだけじゃない。それは、昨日紫苑たちと話していたときだ。自分が盾になると宣言した瞬間、天使くんは大声で反対意見を叫んだ。紫苑はぽかんとしていたが。


「まぁ確かにあたしは弱いけどよ……あんなに反対せんでよかろうもんって……もう、メイン盾きた!これで勝つる!くらいの精神でいいんだけどな……」


 そうあかねは言うが、どこか安心している自分に気づいて、また大きくため息をつく。彼女には戦う力はないのだから、もう肉壁しか思いつかない。


 けれど。彼女だって痛いのは嫌だ。魔力という日常生活には絶対にいらないものがないことを恨むことはおそらく彼女くらいだろう。


 けど、彼女はもう逃げない。そう決めている。痛くても、苦しくても、悲しくても逃げない。それが、一番だと思っているから。


 思うこととやることは違うのだけども。そんな自虐的なことを考えながら、あかねは三月高校の校門をくぐる。


 教室に入り一言おはようと声を出す。彼女の声に反応した何人かの生徒は、同じような声で返事を返した。


 暑いなと、無意識にこぼしながら椅子の上に座る。なんとなく、机の上は冷たくて、そこに上半身を全部乗っけてしまう。多分、だらしない。


 ぼーっとしていたら、クラスメイトの声が耳に入ってくる。よくわからないが、最近とあるヨーツーバー……動画投稿者が人気らしい。


「ヨーツーバーか……」


 ヨーツーバー。動画投稿サイトヨーツーブで、動画を投稿し生計を立ててるもののこと……だった気がする。あかね自身は特にそういうのに興味はない。


 ピカギンとかいう人が最初に始めたんだっけなぁ。と、そんなことを考えていたら、目の前に人がいるのに気づく。茶髪を前で切りそろえた長髪の少女。千鶴だ。


「どしたのあかねちゃん」

「いや、なんか最近ヨーツーバーの誰かが人気らしくてな……流行りに疎いあたしにはよくわからん」

「流行りの……あぁ、オワリカチョーのこと?最近流行ってるよねーめちゃくちゃなことやってるから、私は好きじゃないけど」


 オワリカチョー。少し前までは人気はない底辺の落ちこぼれだったが、今では大人気のヨーツーバーになってる。と、いってもやってることは過激の一言に尽きるため、裏ではよく炎上している。


 千鶴曰く、ハンドソープを何回使えるか。とか、ニ○アで風呂に入るだとか、竹刀で車と戦ってみたとか、普通に考えるだけでも、炎上しそうなことを繰り返してるらしい。


 目立ちたいという願望が強いのだろうか。だとしたら、そのオワリカチョーと言う人はディザイアになっているのかもしれない。けれど、ただの目立ちがりやと言う線が一番濃厚だろう。


 どちらにせよ確かめる方法はない。あかねは千鶴のよくわからない化粧品の話などを聞き流しながら、机に寝転がっていたのだった。


「そういえば、担任の先生。産休取るらしいよ!

「産休?……結婚していたのか」

「うんうん。今度、新任の先生が来るらしいよー楽しみだねっ!」


 千鶴はニコニコと笑いながらそう言う。あかねもそう言うのは楽しみだ。新しい先生は、いい人だといいなぁと思いながら、千鶴と話を始めたのだった。


 今日も元気に乗り切ろう。そう思いながら、彼女は授業を乗り切ったことがないのだが。


 ◇◇◇◇◇



 今日から夏本番。暑い日差しを浴びるよりか、涼しい教室で学校生活や昼休みを送りたいと言う人が大半だろう。事実。彼、悟もそっち側の人間だ。


 けれど足は自然と屋上に向かっていた。昼休み。彼は毎回屋上に登っていく。それはただ単に、彼の追っかけから逃げるためだけではない。


 屋上の扉を開ける。暑い風が彼の頬突き抜けていて一瞬の後悔に襲われる。だけどすぐに彼は屋上の中に入っていく。


 目的はある。キョロキョロと首を動かして、一人の少女を探し始める。まさか、自分が追っかけみたいになるのはなと、悟はそんなことを考えていた。


「誰を探してるの……?」


 声が聞こえてきた。耳をピクリと反応させて、その声が聞こえてきた先を見ると、いた。探していた少女が。


 猫耳フードに枕のネックレス。確実に三月高校の生徒じゃない少女が、そこにいた。


「いや……特に深い意味はない」

「ふぅん……もしかして……私に会いたかったの……?」


 どきりと心臓が跳ねる。心の中を覗かれているような気がしてしまうが、ただの少女である彼女がそんなことをでいるわけがない。


「そうだな……かもしれない。俺にもよくわからないんだ」

「……そう……ふわぁ……もしわたしの気のせいなら、いいんだけど……」

「……?」

「私と付き合いたいと思ってるんなら……やめた方がいいよ……」


 彼女の言葉を聞いて、悟はなるべく平静を装いつつ短く「そうか」と呟いた。本音を言うと、とてもショックであり、そこまでショックを受けている自分に驚いた。


 おそらく生きていて初めて振られた。今まで振ってきた女の子もこんな気持ちだったのかと、悟は大きく同情する。


「なぁ、せめて名前を教えてくれないか?」

「……だめ。そしたらあなたは不幸になる……もう、私に関わろうとしないでね」


 少女はそう言って屋上から飛び降りる。悟は慌ててフェンスに駆け寄り下を見るが、そこにはもう少女の姿はなかった。


 追いかけようとした。外に走り出して、彼女のことを呼ぼうとした。けれど、そんなことはおそらく彼女は望んでない。もしまた出会えたなら……そんなことを考えながら、悟は屋上を後にしたのだった。





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