3-4 パイセンって呼んでいいっスか!?

 アナザーは暗い道を歩いていた。天使くんは彼女を元気付ける奴に前をパタパタ飛んでいて、アナザーはそれを追いかけて行く。


 結局変身して駆けつけたはいいが、もうすでに結界は完成されていたため、あかねの考えは取り越し苦労に終わった。今はとにかくディザイア退治が先決だ。


「今日も大丈夫かね」

「さぁな。死ぬことはないから、まぁ気絶はすんなよ」


 しばらく進むと、ようやく扉が見えてくる。アナザーはそこに手を当てて、ゆっくりとその扉を開けた。


「ーーーーなっ!?」


 そこにいたのは、倒れている先ほどのスーツの男と、巨大なカニのような化け物であった。


 カニのような化け物は、こちらをちらりと見て威嚇をしていた。そしてゆっくりと倒れている男性にハサミを伸ばした。


「お、おい!?ありゃ、何を……!!」

「ディザイアは、宿主の欲望をある程度叶えたらああやって化け物が出てくる……そしてそいつが最初にするのは……宿主を食うことだ」


 天使くんがそういうと同時に、スーツの男の体を化け物はハサミで摘んでいた。アナザーは天使くんが何かいうよりも早く、飛び出して行く。


 ハサミを強く殴る。まだ体が慣れてないのかすぐに化け物はハサミからスーツの男をポロリと落とした。地面に落ちる前にアナザーは体を滑らせながら、彼をキャッチする。


「だ、大丈夫ですか!?」

「う、あうあ、あう……」

「っ!?アナザー後ろだ!!」


 天使くんの声に反応して、アナザーは大きく飛ぶ。先ほどまでいたところにか、深くハサミが突き刺さっていて、アナザーはゾッとする。


 とにかく、アナザーは男性を安全なところに置いたのちに、化け物と対峙する。こちらのことを睨み見る化け物は、ハサミを打ち鳴らしていた。


「なぁ、あいつなんの欲だ?」

「そうだな……おそらくは、金銭欲か」


 天使くんがそういう。ハサミがチョキンとなるから、貯金ということなのだろうか。シャレかよと、アナザーは心の中でツッコミを入れた。


 けれど、相手はシャレにならない強さだ。アナザーは拳を構えて今一度、自分が置かれてる状況を理解する。


 ダンッ。殺られる前に殺る。それが最善と考えたアナザーは、思い切り駆け出して上に大きく飛んだ。ふわりとした不思議な感覚を覚えたが、御構い無しというようにアナザーは拳を金銭欲の腹に突き刺した。


 ゴギリ。アナザーは自分の拳が砕ける音が耳に入り、そのまま落ちて行く。砕けた右手を庇いつつ、左手で態勢を立て直す。


 金銭欲にはダメージは全く入ってない。それどころが挑発されたと思っているようで、こちらに向けてハサミを突き出してきた。


 アナザーは慌てて転がり避ける。敵は金銭欲一人だ。隙さえ見せなければ、敵の動きは遅い。負ける理由はない。


その時だった。扉の向こうからカツンカツンと、歩く音が聞こえてくる。アナザーはその音を聞いて少しだけ違和感を覚えた。


(……人……?でもなんで)


 それと同時に、彼女の体に襲いかかる悪寒。自分の心臓を直接握られているかのような気持ちに襲われて、胸を押さえて踞る。


 天使くんもそれに気づいたらしい。入り口の方を見ると、何者かがこちらに歩いてきていた。


 真ん中だけを赤く染めた黒髪に、赤いパーカー。そして、潰れた片目。何よりも彼が纏っているオーラはアナザーを震え上がられせる。


 そんな、彼はイヤホンで何か音楽を聞いていた。こちらに気づいて、小さく笑う。


「おお、お前が噂の……話に聞いてたよりか小さくねぇか?んだよつまんねぇ……」

「お、お前は……?」

「自己紹介ってやつか?まぁ確かに、俺だけがお前の名前知ってるというのは、フェアじゃねぇからな……」


 そう言って男性はイヤホンを耳から外す。そこから流れてくる【歓喜の歌】をバックにして、彼は口を開けた。


「俺はマタル。殺人欲だ」

「殺人……欲……マタル……?」

「そうか……強盗殺人の、殺人の部分はお前が……!!」

「正解。金銭欲を解消するついでに、俺の欲も解消させてもらってたぜ。いやー結構効率いいなこれ」

「っ……てめぇえぇええぇ!!」


 アナザーは走り出した。怒りに身を任せて、右手を強く握り締める。血が出る?血が肉に食い込む?そんなことは今のアナザーには関係は、ない。


 青く光りだす拳は、彼女の魔力が集まっていることを表していた。これが彼女の全力だということも、一目でわかる。


「右手に込めるは魔力のオーラ!マジカル☆イン、パクトォオォォオォ!!」


 アナザーの本気の一撃。それはマタルの顔に向かって飛んでいき、強く突き刺さる。今までディザイアの顔を吹き飛ばしてきたその一撃は耐えられるとは思ってはいない。


 けれど


「ん……?なんかしたか?」

「んなっ!?」


 マタルは平然と立っていた。今の攻撃はもうしかして、彼には全く効いてないのだろうか?そう考えるよりも先に、彼女の腕はマタルに掴まれた。


 グッと握られただけで骨が悲鳴をあげていた。彼が少し力を入れるだけで、アナザーの骨は粉々に砕けて行く。


「ぬがぁあぁあぁぁああぁあぁっ!!!???」

「はっはっは。いい歌声だ……そうだな。50円くらいあげてもいいぞ?まぁ、代わりに死ぬが……」


 マタルが何かを言っている。けれどアナザーの耳には一切入ってこない。聞こえているのは、自分の叫び声だけであった。


 その声が聞こえなくなった時、アナザーは目に涙をためて荒く息を漏らしていた。マタルはアナザーを軽く上に投げ飛ばした後、お返しというように顔を殴りぬける。


 彼女の顔から飛んで行く血が弧を描き、アナザーは地面にぐしゃりと落ちる。小さく呻いて起き上がろうとするが、自分が流して血でずるりと滑ってしまう。


 マタルは遠くで笑っている。そして、顎でクイっと金銭欲に指示を出す。金銭欲は、ハサミを打ち鳴らしながら、アナザーの体を掴み上げる。


 金銭欲はアナザーの体にゆっくりとハサミをめり込ませて行く。ブチブチと体がちぎれて行く音が聞こえて、アナザーは白目をむきそうになるのを自力で抑える。


 もしここで変身が解けてしまったら、アナザーは死んでしまう。不死身なのは魔法少女のである時だけで、人間のあかねは不死身ではない。


 耐えろ。自分に言い聞かせるが、痛みから逃げられたり耐えれたら苦労しないなと、最後はどこか他人事だった。


 あぁ。ここで終わりか。短い人生だったなとアナザーは考えつつゆっくりと目を瞑ろうとする。


 その時だった。金銭欲の後ろに何かの影が見えた。それは、アナザーを見て、にこりと笑ったように見えた。


「まだ諦めちゃダメっスよ!!」


 その声はどこかで聞いたことがあった。それと同時に、金銭欲は何かにぶつかって吹き飛んで行く。


 ハサミから落ちたアナザーは地面に背中をぶつけて、大きく血を吐く。震える目で目の前を見ると、そこには一人の魔法少女がいた。


 紫色の服は肌にピタリと密着していて、おそらく北斗七星を表すような模様が書いてあった。腰に巻いてるマントには星が書いてあり、まるで流星の尾のように見える。


 それだけじゃない。首に巻いてるマフラーや、頭についてる帽子から伸びている黄色い紐までそれに見える。まるで隕石の擬人化だ。


 そんな彼女はアナザーを見て、駆け寄ってくる。腕を掴んで立ち上がらせて、頭をポンっと優しく撫でた。


「大丈夫っスか?あとは私に任せるっス!」


 魔法少女はそう言ってアナザーを座らせる。掠れていく視線のなか、魔法少女は金銭欲とマタルに向かって拳を構えた。


「なんだお前……?まぁいい。少し試してやれ金銭欲」


 マタルの指示を聞き、金銭欲は魔法少女に向かってハサミを突き出す。それを彼女は流れるように避けて、ハサミをつかむ。


 大きく声を出しながら、彼女はハサミを引きちぎる。緑色の血を出しながら、金銭欲は声を荒げた。


 残った方のハサミで応戦しようとするが、魔法少女はそれと真正面でぶつかり合い、そのハサミを粉砕する。


 金銭欲の叫び声を聞きながら、魔法少女は小さく笑って大きく飛ぶ。そして、両手を上に掲げると、そこに大きな魔法陣が発生していた。


「これが私の魔法っス!!【バクビリート】!!」


 その言葉と同時に、彼女の魔法陣から巨大な岩が現れた。いや、これは隕石というべきものだろう。それはまっすぐと金銭欲に進んで行く。


 金銭欲は逃げることができずに、それを体で受け止めてしまう。ぐしゃりと潰されて行く体から逃げようとするが、それはもう意味がない。


 地面と隕石の間に金銭欲が挟まれた時、大きな爆発が起きた。それは大きな爆風を起こし、アナザーは吹き飛ばされる。


 そのあと、金銭欲は粒子になり飛んでいく。それを見送ったマタルは、大きな声で笑い出した。


「はっ、はは!!お前すげぇよ!!そこの雑魚チビよりか何億倍もマシだ!!お前なんていうんだ?」

「先に名乗るのが礼儀っスよ」

「それもそうだな!俺としたことが、少し失念していたようだ……マタル。俺はマタルだ!さぁ、魔法少女よ!名を名乗れ!」

「私は……私はミーティ!魔法少女、ミーティっス!」


 隕石を落とした魔法少女、ミーティはそう言って、地面に降りる。マタルに向かって構えるが、彼は大きく笑っていた。


「まぁ待て、今日は戦うつもりはない。なんせ、あいつから連絡きたからな。戦うのはまた今度だ」

「そう言われて逃すとでも……?」

「別にいいが、お前はそこに転がってる奴らを守りながら戦えんのか?」


 マタルに言われて後ろを見る。後ろには伸びているアナザーとスーツの男がいて、ミーティは一人で守るのは無理だと悟る。


 そのことがわかったかはわからないが、マタルは手を振りながら結界から出て行った。マタルの姿が見えなくなると同時に、金銭欲の結界は音を出さずに消えて行く。


「……正直ホッとしたっス……って!そうっス!大丈夫っスかー!?」


 ミーティはそう言ってアナザーを抱え上げる。血がどくどくと流れてはいたが、アナザーはまだ息はしていたのを確認して、ミーティはホッと息を吐く。


 スーツ姿の男性をちらりと見るが、彼は何かブツブツとうわごとを呟いていて、とりあえず彼を座らせた後もう放置することに決めた。


「とりあえず逃げるっスかねぇ」


 そう言ってミーティは彼女を抱えて民家の屋根を走りながら、去って行く。残された男性は、ぼーっと空を見上げていた。



◇◇◇◇◇



 タンッ。タンッ。


 規則正しい音を出しながら、ミーティはどこかのビルの屋上に着く。ここなら彼女を下ろしても大丈夫だろうととりあえず床に下ろす。その時、小さな魔法少女は変身が解けて、人間の姿になっていた。


 その姿を見て、ミーティはアッと言葉を漏らした。少女はゆっくりと起き上がり、ミーティをジッと見る。


「あ、その……だ、大丈夫で、っす……か?」

「…………と言うかお前、尾道だろ」


 バレていた。ミーティは息を吐いて変身を解く。そこにいたのは白髪の少女。尾道紫苑が立っていて、照れ臭そうに笑う。


「まさか知り合いに会うとは思わなかったっス……パイセンも魔法少女だったんスね」

「まぁ、まだ新人だけどな……尾道は、隣町の魔法少女か?」

「紫苑でいいっスよ。質問の答えっスけど……答えは、イエスっス。私、新月町で魔法少女をやらせてもらってっス」


 新月町というと、どこか古風な雰囲気が漂う町だったような気がする。電車で行ける距離にあり、あかねは何度か行ったことがある。


「ところで話変えるっスけど……他の魔法少女見てないっスか?」

「他の……?いや。知らないな」


 あかねの言葉を聞き、紫苑は「そうっスか」と言って、大きく伸びをする。なぜ聞いたのか尋ねようとしたが、その前に紫苑は立ち上がる。


 紫苑は少し考えるように顎の下に指をおいて、しばらく唸る。何か考えているのかわからないが、聞かない方がいいかと思い、あかねはジッと彼女を見ていた。


「まぁいいっス。私は家に帰るとするっスかねぇ……」

「あー……その、紫苑。一つ相談があるんだが……」


 あかねは頬を少しだけ赤らめながら紫苑を見る。とりあえず紫苑は話を聞こうと思い、その場に座り込んだ。


「よかったら、あたしと一緒に戦ってくれないか?……無理ならいいんだが」


 あかねの提案。それは、紫苑の耳に入っていき、彼女は少しだけ笑った。そして、小さく呟いた。


「無理っス」


 やっぱり。あかねは最初にそう思った。彼女が、あかねと組むメリットは一つもなく、逆にデメリットは無数にある。


 もともと駄目元の提案だった。だから、断られても特になんとも思わなくて、あかねは「そうか」とだけ言葉を出した。


「……と言いたいところっスけど」

「は?」

「いいっスよ。私、あなたの事少し気になるっスからね……それにドンキホーテみたいでほっとけないし」

「はは……なんだ、それ」

「というわけで」


 そう言って彼女は手を差し出した。あかねはその手と紫苑の顔を見た後、ガシリとその手を握りしめる。


「じゃあ、よろしく頼むっスよあかねパイセン!」

「あぁ。よろしく頼むぜ、紫苑!」


 そう言って二人は固い握手を交わした。きっと今日起きたことは、一生忘れることはないだろうと、お互い考えていたのであった。




 ーーーつづくーーー




【次回予告】

「うっスちっスりょっス!私、尾道紫苑っていうっス!これからよろしくっス!

 あかねパイセンの仲間になる提案は、実際断るのが正しいと思うっスけど、命の恩人の頼みを断るなんて、そんなのありえないっス!だからこれからよろしくっスよ、パイセン!

 次回【あたしが盾になってやる】

 次回予告を胸に刻むっスよ!!」



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