3-2 パイセンって呼んでいいっスか!?


 授業は滞りなく進み、今は昼休みの時間。悟はコツコツと階段を上る音を聞きながら、屋上に通じる扉を開けた。


 彼自身、この時期に屋上にはいきたくないのだが、女生徒の目から逃げるためには、一番手っ取り早いのだった。


 扉を開けると同時に、びゅうっと風が吹き抜けて行く。今は六月も終わる時期なので、じりじりと日差しが悟の肌に突き刺さる。


 コソコソとその日差しから逃げるように移動する。そして日陰を見つけて、悟はその下に転がり込んだ。


「……お……?」


 そこには1人スヤスヤと寝ている先客がいた。最初は女生徒かと思ったが、緑の髪を耳の前で肩の上あたりまで伸ばし、更になぜか猫耳フードがあるパーカーを着ている。そしてまくらのネックレスを首からかけていた。


 この学校では見たことなく、少なくとも生徒の1人ではないということはわかった。


 悟はとりあえず起こそうかと考える。どちらにせよ、彼女は部外者だ。ここから出ていってくれた方が後々楽だろう。


 そう思って手を伸ばしたのと同時に、少女は目を覚ましたのかゆっくりと起き上がる。伸ばした手はどうすればいいかわからず、その場で止まってしまう。


「……ん……」


 少女は悟の手を突然握る。悟は慌てて手を離そうと思ったが、想像以上に少女の手の力が強く、なかなか離れない。やっとの事で悟の手は自由をつかんだ。


「な、なんだ突然……!?」

「ふわぁ……いや、掴めってことかなぁ……って……違かった……?」

「ち、違う。俺はただお前を起こそうと……」

「違うの……ごめんねぇ……ふわぁ……あ、そうだ……ちょいちょい」


 少女はそういって悟に近くに来いと手招きする。少しだけ悟は嫌な顔をするが、誘われるように彼女の横に立った。


 トントンと隣に座るように指示をする少女。悟は言われるままに座ると、彼女は突然悟の膝の上に頭を乗せてきた。


「なっーーー!?」

「ふわぁ……おやすみ……」

「ちょっ、まて……!!」


 悟は起こそうとするが、それより早く少女は寝息を立て始めた。規則正しい寝息を聞くと、起こすのも馬鹿らしくなってくる。


「不思議な奴だな……」


 悟自身。ここまでペースを乱される人と会話したことはなくて、どうしようかと考える。ふと、少女の顔を見ると、目の下には緑色の縦線とその中に同じように緑の横線が3本入っていた。


 こういう化粧が流行ってるのかと思うが、見たことはあまりない。どちらかといえば民族的な化粧にも見える。


 彼女を見ていると、なんだか眠くなってくる。悟も大きく伸びをして深い眠りに誘われていった。



 ◇◇◇◇◇



「んっ、んん……」

「おっ、ハロー悟」

「春樹……寝てたのか、俺」

「おうよ。それはそれはぐっすりとな」


 悟は欠伸を噛み殺しながら、起き上がる。春樹に起こされなかったら、おそらく昼休みが終わるまで寝ていたかもしれない。


 ふと気づくと、膝の上が軽い気がし、よく見たらあの少女が何処かに消えていた。


「どうした膝の上をじっと見て。寝転がって欲しいのか?ん?」

「いや、たださっきまでここに人がいたからな……」

「まじ?イケメンはすげぇな」


 春樹はそういって悟の背中をパシンと叩く。悟は小さく笑って、空を見上げていた。春樹は、こういう時に変に茶化したりはしないので、悟は彼にはよく話す。


「お前はいい奴だな」


 悟の言葉を聞くと、春樹は照れたように顔を赤らめながら、さらに早く背中を叩き続ける。だんだんと痛くなってきたから、悟は春樹の手をつかみ止める。


 春樹は小さく謝りつつ、手を止めた。久しぶりに2人きり。あかねの千鶴は今日は仕事があるらしく、ご飯は教室で食べてるらしい。


 悟も思い出したかのように購買で買ったパンを食べ始め、春樹もそれを見て弁当を取り出す。けれど、取り出した瞬間、短く「あっ」とつぶやいた。


 悟が「どうした」と聞くと、春樹は恥ずかしそうな顔をしながら弁当を見せる。ピンクで可愛らしい柄で、蓋には大きく最近はやりの魔法少女、ラブリンの絵がこれでもかというほどデカデカと写っていた。


「……妹のか?」

「……今日はあまり人がいなくて助かったよ」


 春樹はそう答えた後、悟の背中を今までより一番強く叩く。その音だけが屋上に響いていったのであった。



 ◇◇◇◇◇



 昼休みが過ぎて、チャイムが鳴る。いつものように学校が終わり、あかねは家に帰ろうと考える。


 まだ人がいるから、ガヤガヤとした騒ぎ声が教室のBGMになっていて、うるさくはあるが、不快ではなかった。


「あ、そうだ西園寺」


 春樹に呼び止められたあかねがなんだといって彼の方を見る。春樹は少しだけ恥ずかしそうな顔をして、口を開けた。


「いや、今日は美冬と帰るからさ……西園寺は気にせず帰っていいぞ」

「そうか……美冬ちゃん、ああ見えて寂しがってるからな」

「わかってるよ。久々に兄としてあいつに接するからな。はは。少し緊張するわ」


 そう言って春樹は教室から出ていく。少し時間置いてからの方が、鉢合うことはなくなるかなとおもい、あかねは椅子の上で大きな欠伸をする。


 どうせなら少し寝ようかと思った時、目の前に人の気配を感じた。そこには、今にもあかねの頭に手を伸ばそうとしている千鶴の姿があった。


「……何やってんだお前」

「うわっ!?お、起きてたのあかねちゃん!?」

「驚きながらあたしの頭に手を伸ばすんじゃねぇ!!」

「そこにあかねちゃんの頭があったら……もしゃもしゃしたいよね!!」

「ねぇよ!や、ちょ、やめ、や、や、やめんかーーー!!」


 パシン。教室に響く千鶴の手を払う音。千鶴は一瞬だけ、とても引きつった顔をしていたが、すぐに大きく笑い出す。


「もうあかねちゃん、痛いよーっ!もう少し優しくして!激しくしないで!!」

「ご、誤解を生むような言い方をするんじゃないっ!」


 そう言ってワーワーと騒ぎ始める。いつもの光景だなとクラスメイト達はそれを遠目に見ていた。


 しばらく騒ぐと満足したのか、千鶴はニコリと微笑む。そして、スマホを取り出して短く「あっ」とつぶやいた。


「ちょっと用事思い出しちゃった!先に帰るね!」

「おう。また明日な、千鶴」

「了解ですあかね隊長!また明日!!」


 千鶴はそう言って教室の外に走り出す。あかねはそれを見送って、ゆっくりと立ち上がる。久しぶりに1人で帰ることになりそうだ。


「……ま、帰りますかね」


 あかねは欠伸を噛み殺しながら歩き出した。ガヤガヤと聞こえる教室の騒ぎ声はだんだんと聞こえなくなっていくのであった。



 ◇◇◇◇◇



「ふわぁ……」


 どこかの河川敷の橋の下で猫耳フードの少女が、大きな欠伸をして目を擦る。時刻は夕方の4時を過ぎていたが、彼女はとてもねむそうだ。


「もう一眠り……しようかなぁ……」

「おや、まだ寝るのかの?」

「…………ボヌール…………」

「ほっほっ。隣、座っていいかの?」

「嫌……」

「ほっほっ。これは厳しいのぉ」


 ボヌールはそう言って少女の横に立つ。寝ようと考えていた少女は嫌な顔をしてボヌールを睨みつける。


「そう怖い顔で睨みなさんな。いや何、少し話をしようかと思っての。それが儂の今の幸せじゃ」

「私……あなたのこと好きじゃない……」

「何か怒らせるようなことしたかのぉ?」

「あなたの欲が嫌い……まだ性欲とかの方がマシ……」


 少女はそう言ってボヌールをさらに鋭くにらみつける。ボヌールは笑いながら、少女から離れた。


 そして少し考えるように顎に手を当てて、そして口を開ける。


「そういえば、さっき三月高校じゃったか?そこに行ったらしいが、何かあったかの?」

「……エレンホスの手伝い……人、多いからその分たくさんの欲がある……私は多分みつけるのはうまいから……」

「なるほどな。なにか、いい人は見つかったかの?」

「特に。また今度遊びに行く……」

「そうかそうか。それじゃ、儂は帰るとするかの」


 そう言って彼はどこかに去って行く。それを見送った少女は欠伸をしながら、ごろんと寝転がった。


「……あの男の子……欲がなかったな……少し、気になる……」


 少女はあの時あった彼のことを思い出していた。あんなにちょっかいをかけたのに、変な欲は出ずに、さらにいえば元から欲なんて持ってないように見えた。


 今度また遊びに行こうかな。少女はそう考えながら深い眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る