3-1 パイセンって呼んでいいっスか!?

「うっうう……」


 白い髪を肩の上までの二つ結びでまとめている少女が、ふらふらと道を歩きながら、小さく呻く。


 腹を抑えてまるで酔っ払いのように歩いてはいるが、腹を下してるわけでもなく、さらに言えば酔ってるわけでもない。


「あうっ」


 壁にぶつかってずるりと地面に座り込む。すると、あたりに彼女の腹の音が響き渡る。少女は腹が空いたやら、恥ずかしいやらでここから消えていなくなりたかった。


 周りの目がなんとなく痛い。白髪の少女はその視線から逃げるように目をゆっくりとつむって、息を吐く


「私の人生もここで終わりっスかね……さらば青春よ……がっくし」


 少女はそう言ってパタリと倒れる。それでもまだまだ腹の虫は収まらなくて、しばらくなり続けていた。


「……?あれは……」


 そんな少女を見つけてくれたのが、汚いおっさんとかじゃなく、同年代の少女だったことは不幸中の幸いなのかもしれない



 ◇◇◇◇◇



 少女は、目を覚ました。辺りをキョロキョロと見渡し、先程までの景色とは違い、どこかの家の中のような景色が広がっているのがわかった。


 なんで自分はこんなところにいるのだろうか?確か、あまりにも空腹で倒れてしまって……そこから記憶がない。ふと下を見ると、ふわふわなベッドの上にいた。


 もしやここは天国か?にしてはあまりにも現実的すぎる。そう考えながらどうせなら一眠りしてやろうとベッドの中にもぞもぞと入ろうとした。


「おっ、目が覚めたか」


 その時声が聞こえてきた。少女は少しだけムッとした表情で顔を上げるが、その時自分の鼻になにか香ばしい匂いが入ってきたため、突然腹の虫が合唱を始める。


「ち、ちがっ、これは……その……」

「腹減ってんだろ?今更取り繕っても、何度も聞こえてきた。簡単な飯でいいならここにあーーー」


 少女が言い終わる前に、白髪の少女が彼女の近くにあった匂いの正体に向かって飛び込んだ。そこには焼きたてのトーストなどが置いてあり、口に入れるだけで幸福に包まれていた。


 暫く無我夢中で食べ続け、白髪の少女はホッと息を吐く。そして、チラリと少女の方を向くと、彼女は口を抑えて笑っていた。


 何か言い訳しようにも、なにも言い出せずに、白髪の少女はこほんと空咳を一つだけする。そして、なるべく威勢良く口を開けた。


「私、尾道おのみち紫苑しおんっていうっス!貴方は命の恩人っス!」

「そんな大層なやつじゃねぇよ。あっと。あたしの名前は西園寺あかねだ。よろしく」




 ◇◇◇◇◇



 あの後、パンを何枚かお代わりした紫苑は満足そうな顔になって大きく伸びをする。あかねはそんな彼女を微笑みながら見ていた。


「いや、マジ感謝っス!実は三日くらいなにも食べてなくて……」

「三日も?えっと……あ、いや。なんでもない」


 何か複雑な事情があるかもしれないと察したあかねは、あえて言葉を濁した。それを知ってから知らずか、紫苑は大きく笑いながら口を開ける。


「いや、確かに親はいないっスけど、今はよくできた弟と妹と一緒に住んでるっス!ホームレスとかじゃないから、そこら辺は大丈夫っスよ」

「そ、そうか……でも、それなら弟さん達は心配してるんじゃないか?」

「まっさかー!こう、しばらく帰らなかったことは何度もあるっスから。ほら、連絡も一つもないっス」


 そう言って彼女はスマホをあかねに見せる。確かに連絡は一つも来てない。いや、それどころかこのスマホは……


「なぁ、これ。電源切れてるんじゃね?」


 あかねの言葉と紫苑の顔からさっと血の気が引くのは同時であった。紫苑は慌ててスマホの電源を入れようとするが入らない。あたふたとし始めたため、あかねは彼女に充電器を手渡す。


 紫苑は「借りるっス!」と大きな声で言った後、スマホの充電を開始した。2分ほど経った後、スマホがつき始めたため、紫苑は慌てて連絡がないかを確認する。


「……50件は軽く超えてるな」

「う、ううっ……殺されるっス……!!と、とにかく連絡を入れないと!」


 紫苑は慌てて電話を始める。それと同時に少年の怒鳴り声があかねの部屋に響き始める。紫苑は何度も謝罪の言葉を口にしていた。


「……はい、了解。今から帰るっス……いや本当反省してるっスよ!?はい、はい!!もうすぐ行くっス!じゃ、また後で!!」


 紫苑は慌ただしく電話を切り、立ち上がる。そして、あかねの方を向いた後、深々と頭を下げた。


「あかねさんっ!このご恩は今度かならず返すっス!」

「い、いや……別にお礼なんて……」

「ではそういうことで!ご縁があったらまた会いましょう!!」


 紫苑はそう言ってバタバタと走って去って行く。あかねは声をかけようとしたが、もうすでに彼女の姿はなかった。まるで嵐のような子だな。と、あかねは小さく笑った。


「もう帰ったのかあいつ」

「お、天使くん。紫苑……面白いやつだったな。また、会いてぇな」


 あかねはそういいながら、大きく伸びをする。彼女も眠くなったのか、ベッドの上に倒れこんで目を瞑っていた。


 あかねを見ながら天使くんは窓から紫苑を見下ろす。彼女の姿はもうどこにもなくて、どれほど足が速いのかと、天使くんは突っ込みたかった。


(……いや、もしかしたら……)


 出かけた疑問を飲み込んで、天使くんは床の上に降り立った。そして、あかねと同じように目を閉じたのだった。



 ◇◇◇◇◇



「おい貴様らぁ!!今日の金を見せんかーーー!?」


 1人の男性が扉を勢いよく開けて口を開けて絶句する。金髪でスーツを着た彼は、所謂闇金会社のトップであった。


 今日も手に入れた金を見て満足感に浸ろうとしたが、それはできなかった。扉を開けると彼の鼻に入ってくる鉄のような異臭。そして、赤い液体がそこらに飛び散っていた。


 部屋の中心には、1人の青年がいた。彼はこちらに気づいたらしく、耳からイヤホンを外して、こちらを見る。


「あっ。ちーっす。取り立てに来ましたー」


 黒いぼさぼさの髪を伸ばしているが、前髪の真ん中だけが赤くなっていた。そして、赤いパーカーの下から見える筋肉はとても綺麗に完成されており、肉体美という言葉が似合う。


 そんな格好だが、なぜか下駄を履いており、さらに左目には深い傷があってあげることができないようだった。


 ここまできたらただのチンピラに見える。けれど、彼の身体に付いている赤い血は、この惨劇を引き起こしたのは彼だということを表していた。


「て、てめぇ……何もんだ……!?」

「へぇ。お前、こんな感じでもまだ威勢ははれんのな。いや、そこだけはすげぇわ」


 そう言って青年はパチパチと手を鳴らす。青年はゆっくりと近づいてきて、ニヤリと笑う。


「お前は、ある意味欲しい存在だ。まぁそこらへんはエレンホスが決めるだろうけどよ……」

「何を言ってるんだ……!!」

「おいおいな。そんじゃ、また後で」


 青年は思い切り拳を突き出し、スーツの男を殴り飛ばす。カエルが潰れたような音が聞こえて、男は白目をむいて倒れた。


「殺さないってのは難しいな……まぁ、いい。これをエレンホスのところに持っていけば……俺も役に立つということをもっとわかってくれるだろうよ」


 青年は男を担ぎ上げて、ニヤリと笑う。そして、イヤホンを自分の耳につけて歩き出した。


 残されたのは、たくさんの人間だったもの。そして、真っ赤に広がっていく血の絨毯であった。



 ◇◇◇◇◇



 紫苑との出会いから、はや一週間が経った。あかねは紫苑に会いたくはあるが、まぁもう無理だろうなと感じていた。


 今彼女は学校にいる。もちろん平日だからだ。学校に来るのはなんとなくめんどくさく、学校に行くのが楽しい!と言ってる人は、あまり理解できなかった。


「どうした、西園寺?そんなに外を見つめて」

「あ、小峠か。いや、特に深い意味はないさ。というか、今日は遅れなかったんだな」

「あ、当たり前だろ!?まるで毎日遅れてるみたいにいうなよ!」


 春樹はそう言ってあかねに詰め寄る。あかねは笑いながら「悪い悪い」と春樹にいい、彼を小突く。


 彼も少しだけ照れ臭そうに笑い、頭を掻いた。


「そういえば、最近美冬がそわそわしてるんだけど……なんか『ボクが知らない間に魔法少女は戦ってるのですね』とかなんとか……しらないか?」

「んっ!?……あ、いや。ほら、美冬ちゃんも魔法少女に憧れる年頃なんだよ。うん。あたしにもわかる」

「……?まぁ、アレか。俺が子供の頃ヒーローに憧れてたので一緒か」


 1人でウンウンと頷いてる春樹をみながら、あかねは曖昧に微笑む。とりあえず魔法少女だということは知られてはならないような気がした。


 もし知られてもいつかは記憶から消えるとは思うのだが、春樹に伝える必要はなさそうだと考える。


「おっはよーあかねちゃん!!……って、小峠くん?いたの?」

「俺そんなに影薄いかな!?」


 次に来た千鶴があかねの首の後ろに手を回そうとしたが、あかねはそれをするりと避ける。そしていつものようにコツンと頭を叩いた。


 それすら千鶴はニコニコしながら受け入れる。なんでここまで好かれてるのか、あかねにはよくわからない。


 なんとなく何度か叩く。千鶴は「痛いよあかねちゃん!」とはいうが、避けようとも守ろうともしない。もう少し叩こうかとあかねが手を伸ばしたが、それは誰かの手によって止められる。


 校内1のイケてるメンズこと、小野悟だ。彼の行動をドアの向こうから何人かの女生徒が熱い視線を送りながら見ていた。


「あまり叩くな。池内の頭がさらにバカになる」

「それもそうか……すまん、千鶴」

「ちょっ!?小野くんその言い方はないよ!それにあかねちゃんも認めないで!!」


 千鶴がそう言って文句を言うが、それもある意味いつもの光景。いつもの時間が流れていき、やがてチャイムもなるり、先生が扉をあけて教室に入ってくる。


 それを見たみんなは散り散りと去って行く。あかねは大きく伸びをして今から始まる学生にとっての拷問のような時間に耐える準備を始めたのだった。


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