2-4 あたしの名前は

「あか、アナザーさん……」


 美冬の心配そうな声が聞こえてきたが、アナザーはその声に反応できない。なぜなら、それよりも早く食欲は襲ってくるから。正に、息をつく暇もない。


「ちっ……かっこ悪いなこれじゃ……」


 肉がえぐれ骨が見えてる。痛みは感覚が麻痺したのか、あまり感じなくなって来ていた。だからか、少しずつ落ち着いて周りを見れるようになってきた。


 とにかく胸にあるリボンについてある宝石だけは守らないといけない。アナザーはそこに意識を集中してながら、どうにか致命傷を受けないように行動していた。


「ふむ。そろそろ終わらせてくださいな。もう飽きました」


 エレンホスのその言葉と同時に、食欲は焦ったように地面の中に潜っていく。アナザーはどこからくるか顔を左右前後に振り警戒を続ける。


 その時。そうか、別に礼儀正しく目の前から飛んでくる必要はない!


 後悔を覚えるがもう遅い、アナザーは足元から現れたら食欲の大口から逃れることはできずに、右半身を噛み切られる。


 アナザーは目から光を失い、地面に落ちる。彼女の体の下には、赤い絨毯が少しづつ広がって行く。


「にげ、ろ……にげ……」


 そこまで言い終わるのと同時に、彼女はがくりと動かなくなってしまう。まだ変身は解けてはいないが、心臓を動かすことすらきつそうに見えた。


「そ、そんな……」


 美冬は言葉を漏らす。力が抜けたようにその場に座り込んで、倒れているアナザーの方を見る。彼女は動かなくて、電池の切れたロボットのようだ。


 そんな彼女に向かってゆっくりと近づいて行く食欲。そして、大口を先ほどまでと日にならないほどに開けて、アナザーの胴体に歯を突き刺した。


 グシャリ


 アナザーの胴体は噛み砕かれていて、あたりに鮮血が飛び散り、彼女の変身は等々解けてしまう。それを見た食欲は満足そうな顔になって、美冬に近づいて行く。


 美冬は動けない。隣で天使くんが叫んでいるが、その声すら聞こえない。絶望と恐怖を受け入れたくない彼女は、引きつった笑い声だけを出しながら、食欲の目を合わせる。


 ジリジリとゆっくり食欲が近づいてくる。先にお前からと言われてる気がして、にげないといけないとはわかっているが、足は固まったかのように動かなかった。


「まてよ……!!」


 突然後ろから声が聞こえてきたと思うと、何かが飛んできて食欲にコツンと当たる。食欲が後ろをゆっくりと振り向くと、そこにはあの少女が立っていた


 肩で息をして、足がガタガタと震えているのにもかかわらず、彼女はそこに当たり前のように立っている。そして、少女はゆっくりと変身をした。


それを見たエレンホスがほう。と短い声を漏らして、アナザーに声をかけた。


「なぜ立ち続けるのです……?」

「簡単だろうが……あたしが倒れたら、誰がみんなを守るんだ……あたしはもう、覚悟がある!負けないじゃない!何があってもみんなを守るっていう覚悟を背負ってんだよ!!」

「それにしては足は震えてますね……まぁいいです。食欲。もっと全体をガブリとやってしまいなさい」


 その言葉と同時に食欲は大きく飛んでアナザーに向かって突っ込んでいく。アナザーは息を吐いて、足を曲げて体を深く沈める。


 右手を強く握り、そこに意識を集中する。収集欲を倒したあの時のイメージを思い出して、限界まで力を込める。


 その瞬間、右手に何か温かい光が集まっているのを感じた。青く、優しく光ってるそれを見て、アナザーは根拠はないが自信が芽生えてきた。


「右手に込めるは魔力のオーラ……!!」


 その言葉とともにさらに力を強くする。肉に爪が突き刺さり、痛みを感じるが、それすらもアナザーは受け止める。


 迫ってくる食欲は大口を開けている。アナザーはもう逃げない。もう迎い入れる準備は、整っているのだから!


「マジカル☆インパクトォォオオオォォオォォッ!!!」


 それと同時にアナザーは勢いよく右手を突き出して食欲の顔を殴りぬける。グチャリと食欲の顔が潰れるような音が聞こえたかと思うと、収集欲と同じように緑の液体が辺りに飛び散った。


 食欲は空中に打ち上げられて、そのまま粒子となって消えていく。それを見たアナザーは膝から崩れ落ちた。


「おやおや。まさか食欲を倒すなんて……素晴らしいですね貴方は」

「るっせぇ……どこか行きやがれ……!!」

「言われなくても……貴方はまだ、存在価値がある」


 エレンホスはそれだけいって姿を消した。アナザーは小さく息を吐いたと同時に、前に倒れる。


 美冬が慌てて彼女に駆け寄り、彼女を抱える。あかねに戻ってはいたが、小さく寝息を立てているだけで、美冬はホッとした。


 そうだ。前みたいに春樹を読んで運んでもらおう。美冬はそう思いスマホを操作しようと思ったが、天使くんが小さく「大丈夫か?」と聞いてきて、美冬はアッと気づき、しばらく悩んだ後メールを送信した。


「……変えのズボンか何か、持ってきてもらいましょう」



 ◇◇◇◇◇



「ん、んん……ふぁ!?」


 あかねはベッドの上で飛び起きる。それと同時に身体中に走る痛みで、彼女は布団に顔を突っ込んだ。


 チラリと時計を見るとまだ夕方の6時くらいで、あの後から1日もたってないのかと、あかねは考えた。


「おはよう。あかね」

「ぐぅ……あ、あぁ……おはよう、天使くん。それと……」

「ボクもいますよー」


 あかねはそう言って薄眼を開けながら、天使くんと美冬を見る。天使くんはいつものようにフワフワと浮かびながら、あかねのことを見下ろしていて、美冬は心配そうな顔を向けていた。


「あの、あかねさん大丈夫なんですか?」


 美冬がそう聞く。あかねはもちろん大丈夫だと答えて、にひひと笑う。けれども、彼女の腕はガクガクと震えていた。


 美冬は声をかけようとするが、もうなんて言えばわからなくて、小さく「そうですか」と呟くことしかできなかった。


「って、美冬ちゃん覚えてんの!?」


 ……そう。美冬は昨日のことを覚えていた。確か、ディザイアが倒されるの、全てが元に戻る。元に戻ると思っていたから、記憶もなくなると思ったのだが。そのことを天使くんに尋ねてみる。


「今更か?……あー。魔力が強いやつや、忘れたくないって強く思った奴の記憶からは消えないんだ。美冬はおそらく両方あったんだろうな」

「そうか……」

「不思議なことを言いますね。あんなことがあったら忘れるわけありませんよ」


 美冬はそう言う。あかねは、なんだか不思議な気持ちになって、弱々しく笑った。


 誰も覚えてないと思ったから。けれど、誰かが覚えて、あかねが戦っていることを知っている。その事が、なんだか心に響いたのだ。


 これ以上彼女の顔を見たら、何かがこぼれてしまいそうだ。あかねは慌てて布団の中に潜っていき、目を閉じる。


 その時ふと、頭によぎったものがあった。あかねが数日前から感じているあの違和感の状態。それは、もしかしたら収集欲に殺された人の中に知り合いがいたということなのだろうか?


 けれどそんなことは聞けない。目を閉じて眠ろうとするあかねは、このままこの違和感を覚えて起きたいと考えていた。


 その時、まぶたの裏に何か1人の少年が見えたような気がしたが、あかねはその少年を見たことあった気がしたが、すぐに深い眠りに入っていったのであった。



 ーーーつづくーーー




【次回予告】

「こんにちは。ボクは小峠美冬です。昨日のあかねさん達、とてもすごかったです。ボクは何もできずにばたんきゅーしてしまいましたが……これからもあんな目にあうのでしょうか?心配です。

 次回【パイセンって呼んでいいっスか!?】

 次回予告を胸に刻んでくださいっ!」

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