2-1 あたしの名前は

「いただきますっ!!」


 ハンバーガー片手に、太った青年は道を歩いていた。買い食いは、行儀が悪いと言われるかもしれないが、食べたいものだから仕方ない。


 一口一口口の中に放り込む。ジャンクな味だが、これくらいが丁度いい。有名な三月パンの味は、自分にとっては上品すぎる。


 ドンっ


 前を見てなかった。小さな子供にぶつかってしまい、子供が尻餅をついて倒れる。青年は心配そうに彼に駆け寄って、声をかけた。


「えぇ。大丈夫ですよ」


 子供は一見中性的な顔立ちをしていたが、声を聞いたらどちらかと言えば男の子か?と思えた。それほどまでに、中性的だった。


「そんなことよりお兄さん……あなた、いい欲を持ってますね」

「は?なにを言ってるんだい?」

「いやなに……ふふ。僕と、少しいいことしませんか?大丈夫。気持ちいいことですよ」

「あ、いや……僕にそういう趣味は……」


 そこまで言いかけた時、少年は青年に向かって手をかざす。するとだ、そこから光の粒子が飛んでいき、それが青年の体の中に入っていく。


 一瞬感じる不快な気持ち。けれどそれはすぐに消えて、その奇妙な現象を受け入れようとしてる自分がいた。


 むしろもっと欲しいと感じていた。それはやがてぐるぐると自分の頭の中を動いていき、やがて弾ける。それと同時に青年はがくりと体の力が抜けたように倒れた。


 それを見た少年は小さく笑って、その場を後にした。残ったのは、倒れた青年とその青年のことを見て見ぬ振りをする街の人々。


 しばらくすると、青年はゆっくりと起き上がり歩き出す。人の会話しかしないこの街には、青年の腹の虫の叫び声だけが響いたのであった。



 ◇◇◇◇◇



 月曜。学校が始まる憂鬱な日。はっきり言って昨日あんなことがあった手前、休みたかった。けれど母を心配させないために、あかねは高校に行くことを決めた。


 彼女が通う高校。三月高校は、三月町と同じように平均的な学校。柔道は強いというが、それもあくまでこの辺りでの話。日本全国で見たら、そんなに上にはない。


 けれど唯一誇れるところがある。この学校の校長が「子供の頃屋上に上がりたかった」という理由で、屋上は解放されてるのだ。おそらく他の高校にはない要素だろう。


 あかねも屋上はお気に入りだ。だから、昼休みではそこでお弁当を食べている。


 今はまだ優しい日差しが彼女のクラスの2-1に照りつける朝の時間なので、屋上には上がらないのだが。あかねは自分のクラスの椅子に座ってボーッとしていた。


「あっかねちゃん!おっはよー!!」


 そんなあかねに声をかける女子生徒がいた。茶色の髪を腰くらいの長さまで伸ばし、前髪は眉の上で切りそろえていた。身長は、170を超えていてでるところは出ていて、収まっているところは収まっている。モデル体型だ。


「おはよう、千鶴」


 彼女。池内千鶴はあかねの同級生で、なぜかあかねにとても懐いている。スキンシップは過激すぎるので、あかねは少し落ち着いて欲しいと思っているが。


「さぁ、あかねちゃん!おはようのチューを!もしくは接吻を!!」


 そういうところをやめて欲しいなと思いながら、あかねは千鶴の頭を思い切り叩く。彼女は「いたっ」と言った後、大げさにのけぞった。


 そんな彼女を優しく受け止める男子生徒がいた。髪は銀色で、他の生徒と同じような学生服を着ているというのに、何故か一際目立って見えるほど、一挙一動が整い、そしてそれだけで華やかになる。


「おはよう。西園寺に池内」

「ん、おはよう」

「はわわわー!悟くん!よかったら手を離して欲しいなー!視線が!周りの視線が痛いからっ!」


 彼は小野悟といい、所謂イケメンに分類される顔立ちをしていた。文武両道。そして、クールな性格も手伝って、校内では彼のファン倶楽部ができているとの噂もあった。


 そんな彼があかね達と一緒によくいるのは、いいことなのか悪いことなのかはわからない。この前なんとなく聞いてみた時に帰ってきた答えは「俺のことをあまりちやほやしないからな」と言っていた。


 イケメンも、辛いのだろうか。


 千鶴達と会話をしていると、昨日あったことが嘘のように感じてしまう。けれどたまに来る筋肉痛の痛みが、現実だとあかねに直接訴えかけていた。


 しばらくすると担任がやって来る。それと同時にチャイムが鳴り、今日一日授業が始まる事を告げていた。


「おはようございますぅぅううぅう!」


 担任が挨拶をするより早く、大きな挨拶声が部屋に響く。そのまま、転がるように教室に入り、恥ずかしそうに頭を掻く男子生徒がいた。


「遅いぞ春樹。後一歩で遅刻だ」

「す、すいませんっ!寝坊しまして……」


 彼の名前は小峠春樹。短く切りそろえた黒髪に、元気がありますというようなニコニコ顔。そして彼は美冬の兄だったりする。


 美冬と真逆の性格。けれど兄妹仲は良好であり、親が2人とも海外にいる間、彼がバイトをして家計を支えている。だから、彼はよく遅刻を繰り返していた。


 担任に頭を軽く叩かれて、彼は席に着く。少しだけ反省したみたいだが、おそらく日を待たずしてまた遅刻するだろう。


 そのまま授業は滞る事なく進んでいく。退屈な授業だが、昨日あんな事があった手前、いつも通りが幸せなのかもなという気持ちで授業を受け続けていた。


 チャイムが鳴り、学校の授業が終わりを告げる。皆が部活に行ったり、そのまま帰ったり、図書室に行ったりと思い思いの行動を取っていた。


 あかねは帰宅部なため、このまま家に帰る。千鶴と春樹は帰宅部だが、悟は剣道部に通っている。そんな彼目当てで女子生徒が多く来るらしい。


 実際あかねも彼はかっこいいと思う。あまりにも高嶺の花なので、手は出せないし出す気は無いが。


「帰ろーあかねちゃん!」

「わかった。んじゃ、小峠はどうする?」

「俺か?俺は……あーこの後バイトなんだ。だからこのまま直行。よかったら、美冬を連れ帰ってくれないか?確か、校門前で待ってるって言ってたし」

「了解!それじゃまたね小峠くん!いこう、あかねちゃん!!」

「押すな押すな……じゃあな、小峠」


 春樹に手を振り、あかね達は教室を後にする。校門前に行くと、確かにいつもの格好をした美冬がそこにいた。もう梅雨なのにパーカーは暑くは無いのかと聞いてみたら「仕方ない事なのです」とだけ返された。


「あれ?春兄はどうしたんです?」

「あー。バイト行くってよ。だから今日は、あたし達が送るぞ」

「そうそう!それに久しぶりにあかねちゃんの作るお菓子食べたいし、私もついて行くよー!」

「……わかりました。では、よろしゅーたのみまんがなでんがなーです」


 そして三人は歩き出す。しばらく歩くと、道行く人から挨拶の言葉をかけられる。そこまで広く無いので、大体の人とは顔見知りだ。


 昔のことを覚えてくれてるというのは、なんだか恥ずかしくもある。あかねは頬を掻きつつ、顔を少し赤らめる。


 とは言ってもあかねはここに7〜8年くらい前に引っ越してきたので、本当に昔の彼女を知ってる人はほとんどいない。あかね自身もよく覚えてはいないのだが。


 しばらく歩き、あかねの家の近くにある公園を通る時、ふとあかねはその公園に視線を移した。特に誰もいないのに、なぜか誰かいる気がした。


 まるで毎日ここで誰かと遊んでいたかのようだ。頭に浮かんできたのは、彼女がよくみている魔法少女。名前はラブリン。この魔法少女の話を、毎回していた気がする。


「あかねちゃん?どうしたのー?」

「……いや、なんでも無い。さて、なんか作るぞークッキーあたりでいいか?」

「あかねさんが作るお菓子はバッチグーなので、なんでもマンモスうれぴーです」


 そう言いながら、三人はあかねの家に入って行く。あかねは、さっきの違和感のことはもうすでに忘れていた。


 公園の真ん中には一枚の落ち葉が落ちていた。




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