1-4 魔法少女始めました
誰かの声が聞こえた。その言葉の主は誰かわからないが、もうこの際なんでもいい。助けてくれるなら、悪魔にも魂を売ってやる。
「だから、だから————!」
「助けてやる。ただし、悪魔じゃなくて天使だがな」
その声と同時に、あかねと化け物をつないでいた糸が切れた。それによってあかねは尻餅をついて倒れてしまう。
そして彼女の目の前には、あの球体がいた。ふわふわと浮かんでいるそれは、あかねの方を向いた。
「てん、し……くん?なんで……」
「俺も、目の前で死にそうなやつを2度も放って置けない。それだけの話だ……あかね。死にたくないなら、契約を交わすぞ」
「契約……?」
「話は後だ。お前の魔力は全くないが、0じゃないからな。難しいことはこっちで調整する。お前はただ、とにかく願え……生きることを!それがお前の力になる!!」
天使くんの叫び声を聞いて、あかねは目を瞑った。願った。死にたくないということを、ただ単に願い続けた。
すると、目の前に光が見えてきた。それは淡く光っていて、今の絶望的な状況から救ってくれるんじゃないかという淡い期待を抱きながら、あかねは手を伸ばしそれを掴んだ。
痛みはなかった。けれど心地よくはあった。あかねはそれに身を委ねて行き、瞑る目を少しだけ緩めた。
「おぉ……これはこれは、また……」
ボヌールはそう声を漏らした。それと同時に、あかねの目の前にあった淡い光がはじけて飛んだ。そして、その光の後にはあかねはいなくて、代わりにファンタジックな格好に身を包んだ影があった。
髪は黒いのショートで紫色の半袖なセーラー服の上着を着ていたが、なぜかへそは可愛くのぞいていた。そしてフリルのついた膝上の巻スカートを履いていていた。
首には黄色のリボンがつきた赤い宝石があり、両手には指貫きグローブをつけていて、それと手の甲の部分と、スカートの腰の部分には星が飾ってあった。そして最後に紫の大きなマントを羽織っていた。
不思議な格好。けれどみなぎってくる力があった。本当にこれが自分の力なのかと疑問に思うほどの。
けれど違和感があった。視線が下に下がったような気がするのだ。なんだか、自分の頭身が低くなったような、そんな気がする。
「おいおい……まじか、それ」
「おやおや……これは、愉快なことに」
「な、なんだよ?なにがいいたい……」
その時、自分の声もおかしいことに気づく。そして自分の手がなんだかプニプニとしていて暖かい。まるで美冬のようだ。
震えながらガラスケースの方に視線を移す。そこに映っていたのはあかね自身だった。ただ、違うところを言うとしたら。
「な、なんであたし子供になってんだーーー!?」
あかねは自分の姿をあっけにとられていたが、すぐに前を向く。目の前にいる蜘蛛の怪物は、こちらをジッと睨んでいた。
「あかね。あいつは、収集欲だ。物を集めるのに執着してるらしい……気をつけろよ」
「あーあー……しゅ、収集欲。それが、あいつの元になった欲。ていうことか?」
「あぁ。集めるものはおぞましいがな」
「ほっほっほ……まぁ、よいよい。小さな魔法少女になっても、収集欲にとって新しいコレクションが増えるだけじゃからな」
そうだ。どちらにせよピンチだというのには変わりはない。だけど、今の自分は魔法少女だ。戦って倒すことも可能だ!
あかねはそう言い聞かせて走り出す。この拳も、足も、そして体も前の自分より強くなってる。だから、もう恐れる必要はない。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
あかねはそう叫びながら、収集欲を殴った。鋭い衝突音が聞こえて、あたりのガラスケースが音を立てて割れていく。
けれど、肝心の収集欲にはダメージは一切入ってない。それどころか、殴ったはずのあかねの拳の方に痛みが走る。
「ってぇえぇえぇ!?なんで!?」
「そうか……魔力が少ないのを無理やり変身させたから、攻撃力とかその他諸々が悪い方に振り切っているのか!!」
「なんでだよーーー!!これなら変身しない方が良かったんじゃねえか!?」
「そうかもな……って!危ない!」
天使くんが叫んだと同時に、あかねの右腕に何かが噛み付いてきた。収集欲の尖った牙が、深々と突き刺さる。
ぶちりと音がなりそこから赤い血が飛び散る。それをあかねは他人事のようにぼーっと見ていたが、次の瞬間体に鋭い痛みが走りだす。
「あぁあああぁぁああああっ!!!???」
涙を溜めながら、あかねは収集欲の顔を殴る。しかし、ダメージは全然入ってくて、そのことを気にしてない収集欲は、ニヤリと笑った。
グチャリ
何かを食いちぎる音が聞こえた。そして、理解する前にあかねに痛みがやってくる。それは、もうない右腕に対してだ。
叫び。うずくまり、泣く。心の何処かでなんとかなるかもしれないと思い込んでいた自分が、どれほど浅はかだったのかがわかる。
火打石のように何度も何度も歯をぶつける。それで痛みが消えるわけじゃない。ただ、それしかできないのだ。
「なんっだよ……これ……」
「落ち着けあかね。自分の右腕でも見てみろ」
もう見ても意味がない。そう思いつつ、あかねは右腕を見る。その時、あっと言葉を漏らしてしまった。
右腕が生えてきてる。なくなったはずなのに、だ。まさかこれが魔法少女としての能力なのだろうか。それなら、まるでゾンビのようだ。
「魔法少女は基本的に魔力が尽きる。ブローチの宝石が砕ける。気絶する。どれか一つでもやると人間に戻ってしまうが、それさえしなければ魔法少女は不死身、だ」
「不死身……」
「何をごちゃごちゃ言っておるんじゃ。さぁ、収集欲や。やってしまいなさい」
ボヌールの声が聞こえたと同時に、収集欲は糸を吐く。それは、あかねの左腕に巻き付いて離れない。
そして、先ほどと同じように収集欲はあかねの首を斬り落とすために、少しずつ寄せていく。恐怖に歪む彼女の顔を見るために、ゆっくりと。
あかねは自分の足が震えてるのがわかった。けれど、もう逃げない。いや、逃げれない。どうせ死ぬかもしれないのなら、思い切っりぶちかましてやる。
だんだんと近づいてくる、死という一文字。だったら、あかねはそれを打ち砕けばいい。答えは簡単だ。あとは、やるだけ。
「ここで、逃げたらきっとあいつはみんなを襲い始める……そんなの嫌だ。だから今だけは——耐えてくれ!」
グッと力を込めてあかねは右手を握る。握りすぎて血が出ているようだが、そんなこと気にしてる暇なんて、ない。
糸で引っ張ってくれるなら、寧ろ好都合だ。考える暇も、悩む暇もいらないのだから——
「思い切り殴る……あたしの腕なんて、しるか!!」
あかねは更に強く手を握る。更に。更に更に更に。爪が肉に食い込んで、赤いマニキュアが完成していく。
それと同時に、目の前に収集欲の顔が迫ってきていた。狙いは、見えた。あとは。
「ぶっとべぇえぇえぇぇ!!」
あかねの拳が収集欲の顔にめり込んでいく。それは先ほどとは違い、殴った痛みが来ても止まらない。まっすぐと突き進んでいく。
腕が曲がってはいけない方向に曲がった。自分の体から、大量の血が出るのもわかった。けれどもう止められない。止めたら終わるのだから。
「どらぁあぁあああぁあ!!」
何かが吹き飛んだ。それは、あかねの腕だった。くるくると回りながら、地面にペチャリと落ちる。けれど、それと同時に何か丸い物が落ちて来た。
「ほう……これはこれは」
地面に落ちたのは、収集欲の頭だった。緑色の液体を辺りにまき散らし、収集欲は事切れる。少しだけピクンと痙攣して、収集欲は粒子となって消えていった。
「やった……の……か……」
あかねが言葉をつぶやいたのと同時に、幼女の姿から、元の女子高生の姿になる。そして糸が切れた人形のように、パタリと倒れる。
天使くんは彼女に飛びより、胸に耳(?)をあてる。どうやら、心臓はきちんと動いていて、気絶しただけらしい。けれどまだ、一人敵はいる。
「…………」
「そんなに睨みつけなくてよいじゃろう。なに、ここでそこの小さき魔法少女を倒すのもいいじゃろうが……今日は少し帰りたいからの。また、今度じゃ。小さき魔法少女と、その相棒よ」
ボヌールはそれだけいって何処かに消えていく。天使くんは追いかけようとしたが、すぐに倒れているあかねのことを思い出してこれからどうするか考えていた。
◇◇◇◇◇
「んん……?」
あかねはゆっくりと目を開けた。知らない天井があるなとか、そんなことを呟く。いや、ここは自分の家なのだが。
どうやら、ふかふかなベッドの上にいるよくだ。暖かい。もう一度寝てしまおうかと考えるが、彼女の脳裏にあることがはしりだす。
「——っ!?」
思い出した。あの死闘。そして、自分の体に襲いかかって来た鋭い痛みや、恐怖を。あかねは、耐え切れなくなり思わず起き上がる。
それと同時に、自分の体に痛みが走る。気のせいではない。あの戦いであんなに動いたのだ。当たり前なのかもしれない。
「昨日のは夢じゃないのか……魔法少女始めましたってか……」
「何言ってんだお前」
「天使くん……」
「よかったな。あのあと駆けつけてきた美冬と、男がお前を運んでくれてたぞ。今度礼の言葉でも述べておけ」
天使くんが飛びながら、あかねの前に降りる。ジッと彼はあかねのことを見て、その黒い瞳をずっと見ると何かに取り憑かれてしまいそうだった。
「……あ、そうだ!昨日あんなことがあったんだ……町の被害は!?」
「安心しろ。お前達が戦った場所はディザイアが結界だ。それ以前に、あの戦いで失ったものは全部修復される」
「修復……?」
「なかったことになるんだ。つまりすべてきれいに戻る……死んだ人間は、戻らないがな」
「そう……か」
天使くんはどこか悲しそうにそういった。その言葉に対してあかねは、なんと返せばいいかわからなかった。
そういえば、天使くんはあの時二人も見捨てれないとかいっていたが、もう一人いたのだろうか?そのことを訪ねて見ると、天使くんは「あぁ」と短く言葉を置いて口を開けた。
「子供だったよ。緑のスカーフをつけた、少年だ」
「そうか……いやこんなこと言うと変だけど……」
あかねはそういって目をゆっくりと閉じる。何かを思い出すかのように。そして、何かを確証した彼女は口を開けた。
「知り合いじゃなくて……よかったよ」
ーーーつづくーーー
【次回予告】
「魔法少女って意外に大変なんだな。なんていうか、アニメや漫画みたいにメルヘンな感じじゃなくて、血みどろな……まぁでも、やるしかないな。
次回【あたしの名前は】
次回予告を胸に刻め!!」
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