1-3 魔法少女始めました

 あれから、一週間が経った。毎日毎日同じような日にちの繰り返しで、あかねは少しだけ退屈していた。けれど、それが一番幸せなのかもしれない。


 夜の10時頃を告げる音が聞こえる。それが聞こえたとき、部屋にいた美冬が大きくあくびをしながら、あかねに声をかけた。


「そろそろドロンしたいのですが……春兄も帰ってくると思いますし」

「ん……あ、あぁ、そうだな。家まで送るよ」


 あかねが立ち上がり外に出る。その時夜空を見上げて、ボーッとその場に立っていた。


「あかねさん?空を見上げて……どうしました?」

「……いや、何にも」

「もしかして……天使くんですか?彼のことが心配なのです?」

「まぁ、な。魔法少女探しってのも……楽じゃなさそうだしな」


 あかねはそう呟く。あくまでそう心配してる風に装いながら。本当のことを知られてしまったら……それはなんだかとても恥ずかしい。


 子供だなぁ。そう思いながら、あかねは小さく笑う。そして、美冬の手を引いて歩き出した。突然引っ張られて美冬は驚いた顔をしたが、すぐにされるがまま歩き出した。


 美冬の手はぷにっとしていてそして暖かい。体は正に子供だが、精神はある意味自分以上に大人なのかもしれないと、あかねはそんなことを考えていた。


 確かに魔法少女は危険だ。けれど、憧れではある。美冬じゃなくて、自分なら多少の危険に足を突っ込んでもいいんじゃないか。


 だけどもう後の祭り。後悔先に立たずというが、なかなか割り切れない自分が嫌になる。早く、非日常のことを忘れないといけない。


 夜道を歩く。辺りを照らすのはすこしの街灯と、星と月の光だけ。たったそれだけしかないが、それを頼りに歩くことしかできない。


 決められた道だけでいいのだろうか。そう思いながら、あかねは美冬に声をかけようとした。その時、ふとある違和感を感じた。


「あかねさん?どうしました?」


 路地裏から、何かの気配を感じる。野良猫か何かと考えるが、感じるのは気配だけで物音は一つと感じられない。


 ドクン。胸が脈打つのがわかった。あかねは好奇心につられて路地裏に足を踏み入れた。いってはいけないとはわかっているのに。


「ちょっ、あかねさーん?」

「すまん美冬ちゃん。先に帰ってくれ」


 平凡な日常が嫌ではない。むしろ大好きだ。友人と遊び、美味しいパンを食べる毎日。素晴らしいじゃないか。けれど、どんなに素晴らしいものでも一度くらいはスパイスが欲しくなる。


 子供だからだろうか。いや、あかねだからだ。小さく笑いつつ、ゆっくりと進んでいく。途中ゴミが体に着くが、それを彼女はすぐに捨てた。


 どんどん進む。こんなに長かったかとあかねは考えつつ、歩くスピードを少しだけあげる。そして、とうとう違和感を放つものが見えてきた。


 大きな穴が壁にあった。いや、穴というよりか、そこには空間が広がっていた。見るだけでそれはおぞましいオーラを放っており、見るのすら拒否してしまいそうだった。


「……この奥に、何かあるのか……?」


 生唾を飲み込みながら、あかねはその空間に足を踏み入れた。パチリと、体に電流が走ったような痛みを感じ、あかねは思わず目を閉じる。


 ゆっくりと目を開けると、そこは先ほどまで穴が放っていたような異質な空間が広がっていた。そこにあるのはただの道だが、壁が。天井が、闇に包まれていて、どこを歩いてるのか。そこに何があるのかが一切わからなかった。


 進んではいけないことはわかった。けれど、なぜか一歩ずつ進んでしまう。この先にある『非日常』にとても強い興味を持ってしまい、理性すら乗り越えてしまうのが、自分のことながら、恐ろしかった。


「なんか変な匂いがする……くせぇ。なんだこれ……腐った肉……?」


 道の途中、あたりに点々と落ちている赤い何かがあるのはあかねはなるべく気にしないようにしながら、歩いていた。


 しばらく歩くと、コツンと何かに突然ぶつかった。そこに手を当てると取手のようなものがあり、巨大な扉があるように見えた。


 そこに手を置いてなるべく音を立てないようにゆっくりと開ける。少しだけ開いた隙間から、ツンっと鼻に入ってくるきつい香りは先程から感じていた匂いだった。


 少しだけ開いた隙間から中を見た時、そこから見えたのは無数のガラスケース。そしてその中には何か丸いものが無数に置いてあった。


 カサカサ……


 何かが地を這う音が聞こえた。あかねは身体中に緊張と恐怖が走るのを感じてしまい、一歩後ろに下がってしまう。


 そしてそのガラスケースの前に一匹の蜘蛛のような化け物が現れていた。それはガラスケースの中をジッとみていて、まるで見惚れているかのようだった。


 そんな化け物の隣に、僧のような格好をした人影が一つあった。しかし、それは人間に見えるがそんな化け物の隣にいる時点で、まともな存在ではない。


 異質。恐怖。その塊が目の前に存在していることにあかねはようやく気付いて、小さな笑い声がこぼれた。


「に、逃げないと……」


 ここに来てさらに強く襲いかかる恐怖と後悔。その時、自分の足に何かがぶつかった。柔らかい感触があるそれは、あかねは少しだけ覚えがあった。


 それは何か大切なものが欠けている人間の身体だった。だけども五体満足とは言えず、それは首だけがなくなっていた。


 首がない死体なんて、女子高生であるあかねが見たことなどなく、そんなものを見てしまったあかねは口を抑えるより早く、言葉が飛び出してしまった。


「んんんんんんんっ!!??」


 しまったと考えた時にはすでに遅い。声は最小限に抑えたが、それでもこの空間には大きく響く。あかねは目に涙を溜めながら、部屋の中を覗く。


 そこには誰もいなかった。あかねはゆっくりと視線を元に戻しながら、立ち上がろうとした。


「なにようかな?お嬢さん?」


 突然そんな声が聞こえたと同時に、あかねは大きく吹き飛ばされた。扉を突き破り、あかねはガラスケースに体を打ち付ける。


 口から血と唾を吐き出しながら、あかねはずるりと床に落ちる。部屋に入った瞬間、さらに強い匂いがあかねを包んだ。


 痛みと匂いであかねはゴホゴホとむせる。すると、先ほどまで自分がいた場所に一人の僧のような格好をした老人が立っていて、こちらを見てにこりと笑う。


「もう一度尋ねるぞ……なにようかな?お嬢さん」

「なん、なんだ……あんた……!!」

「ほっほっほ。威勢はいいのぉ……けれどまぁ、冥土の土産に自己紹介をしておこうかの。儂はボヌール。ディザイアじゃ」

「ディザイア……?」


 あかねはそう言いながらその僧のことを見て見る。髪と髭は生やしていたが、服装だけを見たら本当にただの僧のようだ。そして、まるでタスキのように巨大な数珠をかけていた。


 これが、天使くんが言っていたディザイアなのだろうか。そしたら、あの巨大な蜘蛛もそうなのだろうか。


 首を動かしてあたりをみる。しかし、どこにも蜘蛛はいないが、代わりに彼女の視線に入ってしまったのはガラスケースの中にあるものであった。


「……っつ!?」

「おや。見てしまいましたかの……そうじゃ、そこにあるのは人間の頭じゃ」


 無数の顔がそこにあった。そこにある顔は、あかねのことをジッと見つめているように感じてしまい、あかねは膝から崩れ落ちる。


「ほっほっほ。儂にはよくわからんが、これが収集欲の幸福なんじゃ。わかってやってくれ……あぁ、そうじゃ。よかったのぉ、お嬢さん。幸福の糧にしてあげるそうじゃ」


 あかねはその言葉を聞いて、聞き返そうとした時、あかねの目の前にあの時みた巨大な蜘蛛が落ちてくる。それは嬉しそうにあかねの首から上をじって見ていた。


 逃げないと。そう考えるのと同時に蜘蛛が襲いかかってくるのは同時だった。あかねは転がるようにそこから逃げる。


「やめ、たすけっ……!!」

「そう仰ってるが……どうする?」

「グギギギギ……」

「ほっほっほ。そうかそうか……じゃあ、遠慮せんでええぞ?儂のことは気にしなくて好きにやりなさい」


 ボヌールの声と同時に、蜘蛛があかねに向かって糸を吐いた。それを避けようとしたが、あかねの片腕にくっついてしまう。


 ひき離そうにも強く張り付いていて、その糸は剥がせない。それどころか剥がそうと伸ばした手もその糸にへばりついてしまう。


 ずるりと少しずつ引っ張られていくあかね。顔はないはずなのに、蜘蛛の怪物はニヤニヤと笑っているように見え、そして怪物は口にある牙を打ち鳴らしていた。


 あたしもあれで殺されてしまい、首だけになってしまうのだろうか。そして永遠にここで飾られてしまう。そんなの嫌だ。逃げたい。けれど逃げることは叶わない。


「いやだ……いやだ!!やめて!なんでもするから、ゆるして!!」

「なんでもするなら……収集欲の幸福を叶えてやってはくれんかのぉ?」


 サッと、あかねは自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。もう、助からない。変な好奇心を持つんじゃなかった。今となっては、日常が恋しい。


 助けてくれ。あかねは叫んだ。助けてくれるなら、なんでもする。だから、助けてくれーーーー!!


「その言葉は、本当か?」

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