1-2 魔法少女始めました

 暫くの間静寂が広がった。皆の呼吸音しか聞こえなくなり、何処と無く変な空気も広がっていく。


 そんな空気の中、天使くんがもう一度口を開けた。


「魔法少女に興味は……」

「いや、聞こえなかったわけじゃないですよ?ね、あかねさん?」

「んあっ?あ、あぁ。唐突すぎて反応が遅れたと言うかなんと言うか……」

「成る程……じゃあ、1から説明しよう」


 そう言って天使くんはふわりとあかねたちの周りを飛び始める。その姿を、二人は視線で追っていた。


「人間には、欲望というやつがある。わかるだろ?有名所だと、三大欲求……食欲、睡眠欲。そして、性欲。そしてもちろん、それ以外にもある」

「は、はぁ……」

「んで、こっからが大事な所なんだが……それに負けてしまう人間も多い。暴飲暴食。銀行強盗。強姦……そんなことをしてしまうやつがいる。それは何故か?理由は簡単だ。欲望を暴走させてしまう存在がいる……それが、人間の敵。ディザイアだ」

「ディザイア……それが、魔法少女が戦う相手ですか?」

「話が早くて助かる。そして、美冬。お前には魔法少女の才能がある……しかも、並大抵の才能じゃない。まさに最強になれる存在だと……だから改めて頼む。魔法少女になって、ディザイアと戦ってくれ」


 天使くんがもう一度頭を下げる。真剣な眼差しに、美冬は思わず言葉に詰まるが、真っ先にあかねが口を開けた。


「待った。戦うって言ったよな?」

「あぁ」

「じゃあ、あたしは賛成できないな。そんな危険な真似、友人から預かってる美冬ちゃんに任せられない。可能なら、今日あったことはなかったことにして欲しいんだが……けどまぁ、これはあくまであたしの意見。美冬ちゃんが心の底からしたいって思うなら、あたしは賛成するぜ。決めるのは、あたしじゃなくて美冬ちゃんだからな」

「ボクの……意見」


 美冬はそう言って下を向く。彼女はまだ小学生だが、兄と二人三脚で生活してるため、考える力はおそらくあかねより上だ。


 だからあかねは意見を全て彼女に託した。そして、数分悩んだ美冬が出した答えは。


「……お断りします。すんまそんです」

「そうか……いや、いいんだ。俺も可能なら、本人の意見を尊重したい」


 天使くんは意外なことにそう言って、窓に向かって飛んでいく。開いているため、そこから出て行こうとした時、ちらりとあかね達の方を向いて口を開けた。


「けど、もし気が変わったら……これを使って俺を呼んでくれ」


 そう言って天使くんは自分の羽を一枚ちぎり、美冬に手渡した。キラキラと光ってるように見えるその羽は、とても幻想的だった。


「それじゃ、またな」

「あぁ。魔法少女探し頑張れよ」

「言われなくても」


 天使くんは外に飛んでいく。あかねたちは彼に手を振って見送ったのちに、窓を閉める。


 不思議な出会いだったが、夢じゃない。けれど、もう会うことはないだろうと二人は考えたあと、笑いあったのであった。



 ◇◇◇◇◇



 次の日の朝。あかねは近くの公園に来ていた。 ベンチの上に座り込み、空をぼーっと見上げていた。


 彼女が住む町。三月町は、そこそこな人口。そこそこの娯楽施設。そこそこの賑わいを見せている、そんな町。良くも悪くも平均的な所である。


 これと言った名物はないが、強いて言うなら三月パンというパン屋のクロワッサンは格別だということで、町の外から買いに来る人も多い。あかね自身もその店のファンだ。


 そんな普通の町なのに、昨日の夜に聞いた魔法少女の話。突然の非日常だったが、結局その話はなかったことになった。


「魔法少女……かぁ……」


 あかねはポツリとつぶやいた。あかねは、実は子供の頃から魔法少女に対してかなりの興味がある。恥ずかしがって誰にも言ってないが、こんな朝早く起きてるのもそういうアニメを見てるからだ。


 だから。あの時美冬じゃなくて自分にその話を投げられたら、おそらくあかねは二つ返事で了承を返した。危険があるのは百も承知である。


 けど、あかねには何も言われなかった。考えたくないが、才能というのが全くないのだろう。だから、天使くんは断られてもあかねじゃなくて美冬に頼み続けたのだ。


「魔法少女ラブリー☆あかね……優雅に華麗に参上よ。ってか」

「何言ってんの?」

「ぬぉ!?」


 突然声が聞こえてあかねはベンチから滑り落ちる。尻餅をついて、声が聞こえた方を見ると、そこには一人の少年が立っていた。


 ニヒヒと笑う少年を見て、あかねは少しだけ笑いながらため息をつきつつ立ち上がる。そして少年の頭をペシンとはたいた。


「あまりお姉さんを驚かせるなよ、翔」

「驚かしたつもりはないぞ!というか、さっき何を言って——」

「女の子の秘密にはあまり突っ込まない方がいいぞ」

「えぇ!?あかねって女だったのか!」

「今更かよ!」


 あかねはそう言って大きく笑い出す。翔は、よくこの公園に来ていて、あかねも彼とは仲がいい。美冬が血は繋がってないできた妹だとしたら、翔は血は繋がってないイタズラ好きの弟といったところか。


 その時ふと、彼の右腕にある緑のスカーフに気づく。確か前まではつけてなかったと思ったが、買ってもらったのか。しかし、どこかで見たことあるような柄だ。


「ん?これか?これは、母さんが買ってくれたんだぜ!魔法少女ラブリンがつけてる緑のスカーフだ!」


 そうだ。あかねが毎週楽しみにしてるアニメの主人公がつけているスカーフだ。あかねも欲しかったが、なかなか買えないでいた。


 あかねも子供の頃は、こういうのを恥ずかしがらずに買っていた。そういえば女の子のような可愛らしい服もたくさん持っていた気がする。


 今は基本男のような格好をしているが。そういう服は全部美冬にあげたなぁとか、そんなことを考えていた。


「あら、あかねちゃん。おはよう」

「母さん!!」


 翔が嬉しそうな顔をしながら、女性に向かって走り出し、抱きついた。彼女は翔の母親であかねとも知り合いだ。


「今日も遊んでくれるの?毎回ありがとうね」

「いえ、いいんです。あたし、子供好きですから」

「ふふ。本当、ありがとうね」


 その時、翔の友人たちが公園に来たらしく、翔は彼らと遊び始めた。あかねは、ベンチに座りながら翔の母親と談笑を始める。


「そういえば、知ってる?首を刈り取られた死体っていうの」

「あー……はい。最近物騒ですよね」

「ええ。あかねちゃんも、気をつけてね?女の子なんだから」

「ははは。ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。こう見えてもあたし、強いですから」


 あかねはそう言ってにこりと笑う。気づくと太陽が真上に上がって来ていた。もうこんな時間かとあかねは一言漏らして、ベンチから立ち上がる。


「それじゃ、あたし帰ります。お母さんも気をつけてくださいね」

「うふふ。でも大丈夫よ。私、こう見えても強いから」


 そういって翔の母親はにこりと笑う。その顔を見て、あかねは少しだけ安心して家の方に足を向けていった。



 ◇◇◇◇◇



「ほっほっほ……どうですじゃ?皆さん。この儂が育てたディザイアは」


 和尚のような格好をした老人がそう呟きながら、目の前にいる巨大な蜘蛛をみながらつぶやいた。うしろにいた三つの影はその声に小さく反応した。


「素晴らしいです。この欲なら……きっと素晴らしい同志になるはずです」

「そうですそうです。これも、儂の幸せのため……けれど、もっと成長してもらわないといけませんのぉ」


 老人はそういって笑い出す。本当に、今のこの状況に幸せを感じているかのような、そんな笑い声が辺りに響く。


 そんな中、一人の青年が落ちているものを拾い上げた。ペチャリと、それから何かがこぼれ落ちて、彼は少しだけ嫌な顔をする。


「しかし悪趣味な野郎だ。集めるものはフィギュアとか、切手とかそういうのじゃなくて、こういうのとはな」

「……そうだね……悪趣味……」


 二人の視線が痛く老人に突き刺さるが、彼は気にしてないようでニコニコと笑っていた。


 蜘蛛の化け物は、彼らを見ながらも大切そうに保管している物が入ったガラスケースを、破れている服で拭いていた。


 ディザイアは欲の塊。どんなことをしてでも自分の欲望を叶えようとする。それは、宿主になっている人間に多少は忠実だが、基本的にそれていく。


 だから、元々そんな悪趣味なものを集めるなんてそんな欲はないのかもしれない。けれど、それに近いものは持っていたのだ。


「遅かれ早かれこんなことをするはずじゃから……それを少しだけはやめただけのこと。なんて、なんじゃろうなぁ」


 老人はそうポツリとつぶやいた。収集欲に対して、羨ましいといっているかのような、そんな意味を含んでいたかのようだった。


「まぁ後のことは任せますよ。帰りましょうお二人とも」

「よっしゃ。帰ったらなんか歌ってやるぞ」

「……下手な歌聴かせないでね……安眠妨害だから……」

「なんだてめぇ……ぶち殺すぞ」

「はいはい。そういうのは、また後でお願いします。では、改めて後のことは任せましたよ、ボヌール」


 名前を呼ばれた老人は、短く笑って三人の方を向く。だけども、もう三人の姿はどこにもなくて、後には老人と巨大な蜘蛛だけが残されていた。

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