第12話




「リエット抹殺……やはり貴様一人では心許ないな」

「……へ?」


 ヴィアンドの口から出たその言葉に、クルトンは耳を疑った。


 組み伏せていたヴィアンドは力を緩め、クルトンから手を放した。目をしばたかせて困惑するクルトンの手を取り、別室へと連れて行き、ヴィアンドは血の流れる指へと包帯を巻いてくれた。その上、介抱して温かいスープまで飲ませてくれた。


「気が落ち着けば、額と手の傷は癒しの魔法でなんとかしておけ。リエットに余計な疑いをもたれては困る。病み上がりだろうと、なすべき事はなせ」

「あ、あの……ヴィアンド……様?」

「まず一つ」


 クルトンの疑問に答えるためか、ヴィアンドは指を一本立てた。


「仮に私がソタナフマ連合の者なら、出会った時にお前のしていた青草の指輪を見逃したりなどせん。グラス・ド・ヴィアンドほどの実力者が、そんな凡ミスをするとでも思っていたのか? 私がソタナフマ側なら、お前など一矢の下に仕留めておるよ」

「……つまり、ヴィアンド様は、本物のヴィアンド様、ではない……?」

「阿呆。本物に決まっているだろう。何年かけてこの地位を築いたと思っている」

「……?」

「まったく、まだ気づいておらんのか。助っ人を要請したのはお前だろう。ローレルの見込んだ新人だというから、そこそこ切れ者かと思っていたが、まだまだ未熟だな……」

「――!?」


 ローレルの名を知っている。そして、クルトンが助っ人を要請した事も。

 つまりこの人は――魔王国の密偵ということになる。


 クルトンは大きく目を見開き、ヴィアンドと出会った時の事を思い出した。


「ま、まさか。じゃあ、あの紅草の指輪をつけた死体は」

「魔法で作った精巧な土人形だ。だから埋葬する時、リエットには近づかせなかった。お前、あの旅商人の亡骸を埋める時、感触やもろもろ、おかしいと思わなかったのか? なんのために埋葬を手伝わせたと? 密偵の端くれなら気付け、馬鹿もの」

「し、死体は堅くなって、重く感じるって聞いていたし……すごく焦ってて……」

「まったく……ルーキーはこれだから……」


 ヴィアンドはため息まじりに首を振った。

 しかし、クルトンは物申さずにはいられない。


「だ、大体っ、あなた、俺が密偵だという疑いをっ。しかもリエット様の前で。そりゃ、味方だなんて思わないでしょう! なんでそんなこと――」

「敵を騙すにはまず味方から。基本中の基本だ。教本に書いてあったろう、秀才?」

「いやでも、味方だって伝えてくれないと――」

「そもそも、お前がどうしようもないヘボなら、私の正体を敵方に漏らすきっかけになるかもしれん。そんな危ない橋は、おいそれと渡れんよ。それに、リエットにどちらかが疑われれば、どちらかの信頼が増す。私かお前、片方が倒れたとしてももう片方はリエットの傍でより安全に任務を続行できる。こんな事は教本に書いてなくても察しろ、後輩」

「…………」


 ぐうの音も出ない。

 経験と実績に裏打ちされた正論だ。クルトンは自分の至らなさを思い知らされる。


「で、では、あなたはいったい……誰なんですか?」

「グラス・ド・ヴィアンドとは仮の名。本当の名はフォン・ド・ボー」

「ふぉ、フォン・ド・ボー……? って、あの!?」


 クルトンは驚愕した。


 勇者潰しのフォン・ド・ボー。

 知らないはずがない。中央情報局・勇者撲滅工作部のエースである。勇者撲滅の基本戦術や指南書の数々にその名が挙がる、クルトンの尊敬する先輩だ。


「で、でも……グラス・ド・ヴィアンドはすごく強くて、ヒヨッコ勇者の守護神とまで呼ばれる、有名な人物のはずじゃ――」

「もちろん、その通りだ。そうやって、将来性のある勇者の卵に接近してはおだてあげ、自惚れさえては高レベルのダンジョンや砦へと向かわせて自滅させているのだ。私の評判は一切傷がつかず信頼が高まり、勇者の卵は思惑通り勝手に潰れていく。そうやって得た信頼をもとにして、強力な勇者などは家庭を築かせて土地に縛り付けたり、人脈を用いて勇者同士で潰し合わせたり、連合国同士の諍いに巻き込ませたり、色々とやっているんだ」


 ヴィアンドは淡々と述べた。

 クルトンは呆気にとられてしまう。


 さすが中央情報局・勇者撲滅工作部のエースである。生半可な密偵ではない。

 驚くクルトンを見下ろし、ヴィアンドは呆れ顔で首を振っている。


「貴様は失格だ。もがく事を手放し、進退窮まったと見るや、流言の一つすら繰ろうとせずに、自ら喉を突こうとする。諦めの悪さこそ密偵の資質というものだ」

「…………」


 ベッドに腰かけていたクルトンは、自らの膝をぐっと掴んだ。

 血の滲む手よりも心が痛む。


 何一つ言い返せない。自らの弱さが嫌になる。

 悔し涙すら溢れてきそうになった。


「……だが、虜囚となって魔王国や同胞の危機を招くくらいならと、ほとんど躊躇せず自害しようとした心意気――その想いと志の高さだけは、並大抵のものではなかった」

「…………ヴィアンド先輩……」

「ローレルが貴様の何を見込んだのか、少しだけ分かった気がしたぞ」


 ヴィアンドは厳しい言葉使いであったが、こうして素性を明かしてくれたということは、仕事仲間としてある程度は信頼してくれたからだろう。


 ずっと心細かったクルトンは、思わず目の奥が熱くなるのを感じた。

 そんなクルトンへと、ヴィアンドが強い眼差しを投げかけてくる。


「クルトン、お前一人の手に余るのも仕方ない。リエットは化け物だ。多くの勇者を見て来たからこそ、分かる。神秘教会が認定した勇者の中でも、最上位の実力を持っている。これ以上リエットを魔王城へ近づけ、成長させる事は何としても避けたい。トゥールの地で決める。リエットの見た目や言動に決して騙されるな。心してかかるぞ、クルトン」

「はいっ、ヴィアンド様!」


 ヴィアンドの目をみて、クルトンは強く頷いた。


 なんだかんだで、クルトンが時間を稼いだおかげで、ローレルの根回しによる橋の封鎖に成功し、遠回りの道を行く事になった。


 その先には、リエットの生まれ故郷が待ち構えていた。




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