第2話




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 クルトンたちは朝に小さな村を通り、生みたての卵などをわけてもらった。焼いたパンに挟んで朝食を取り、お昼を過ぎた頃、ソコソコアル地方のフツーニと言う町に到着した。


 店屋の類も過不足無くそろい、町の規模や修道院の建物も平均的。贅沢でも無ければ質素でもない。町人や周辺の村人の生活も楽ではないが苦しくもない。町人から話を聞く限り、気候は落ち着いていて過ごしやすいようだが、冬はそれなりに厳しくなるらしい。何か特筆の名物がある訳でもなく、かといって悪い部分がある訳でもない。


 フツーニの町は、クルトンが見る限り、何から何まで普通に良い町だった。


「この町で一泊していきますよね、リエット様?」


 御者台からクルトンが尋ねると、荷台のリエットが頷いた。


「ええ、クルトン。馬車の手入れや、保存食の買い出し、あとは細々としたものを買い揃える必要があります。それに、タルタルにも休みを与えたいですから」


 リエットがそう言うと、クルトンの横で手綱を握るフォンデュが遠くを指さした。


「リエットはこの町の外れにある女性修道院で宿泊する予定なんだ。だから僕たちは別の宿を探さないとね、クルトン。女性修道院に男の僕たちが泊まる訳にはいかないから」

「ですね、フォンデュ様」


 相槌を打ちつつ、思案するようにクルトンは自身の顎に指を当てた。フツーニの町に来る途中の高台からの眺めで、この町の全貌はすでに知っている。


「町の中央に教会がありましたから、手ごろな宿が無いようなら、そこに泊めてもらいましょう。……リエット様は、修道院にお知り合いが?」

「ええ。遊説中の父から手紙を預かっているとの事ですから」

「なるほど……では、まずは買い物ですね」


 クルトンが同意を得ようとすると、フォンデュが頷いた。


「そうだね」

「パンやハム、瓶詰めなどの食料品は宿屋で売っているでしょうから、うまく交渉すれば、少しくらいは宿賃をまけてもらえるかもしれませんね」


 クルトンとしては庶民感覚の発言だったが、フォンデュには新鮮だったらしい。


「はは、それは面白い」


 フォンデュは嬉しそうに笑い、白い歯をきらりと光らせた。


「やってみよう。ここら辺に知り合いの貴族が居れば、その館に泊めてもらう事も出来たんだけど……僕みたいな田舎貴族の顔はあまり広く無くてね」


 フォンデュは手綱を緩めつつ、面目ないと頭を掻いた。

 話は決まったと、リエットが荷台から身を乗りだす。


「では、フォンデュ、クルトン。まずは馬車のメンテナンスを依頼しに行きましょう」

「町の人の話しでは、職人のお店は東側だったね」


 リエットとフォンデュが頷きあって歩み始めるも、クルトンは足を止めて咳払いした。


「あの、お二人はお先にどうぞ」

「あら、どうして、クルトン?」

「私は個人的な買い物をしてから、そちらへ向かいます」


 そう告げてクルトンは馬車から離れ、酒場へと向かった。

 酒場前の掲示板が目当てだった。酒場には野盗の討伐依頼があったが、これは駄目だ。おそらくリエットが先日相手にした連中だろう。あれでは話にならない。


「……おっ。これは――」


 クルトンの目にとまったのは、強力な野生動物の討伐依頼書だった。


 冬ごもりで居座っていたその野生動物が、春先になっても住み続けており、坑道が封鎖されてしまっているらしい。退治しようとした猟師が何名か犠牲になったそうだ。


 依頼文を読んでいたクルトンはふと思い至った。


(この依頼書では野生動物となっているが、この目撃証言や、動物の凶悪さ……)


 依頼分を読むほどに、クルトンは目が輝いた。


 人気のない場所へとクルトンは隠れ、通話呪符で本部の方へ確認を入れた。通話呪符は魔王国側でも最先端の代物だ。情報通信系の精鋭魔法使いの力を、呪符一つで借りる事が出来る。ソタナフマ連合側で大っぴらに使うと怪しまれるのだ。


「ソコソコアルのフツーニという町の、坑道に巣食っているという野生動物について、そちらで何か情報を掴んではいませんか? ……はい、はい……なるほど、わかりました」


 本部から情報を得て、クルトンは討伐依頼書を掲示板から引っぺがした。そして、馬車のメンテナンスを検分していたリエットとフォンデュの元に合流した。


 依頼書の危険度が分かる部分に、細工しておくことをクルトンは忘れなかった。


「リエット様、フォンデュ様、少しよろしいですか?」


 そう言ってクルトンは依頼書を二人に見せた。


「道すがら、こんな依頼書を見つけました。お二人とも見てください。坑道はこの村の資金源の一つ。大変困っているようで、依頼報酬もそれなりです」


 クルトンは言葉を選んだ。利がある事をなるべく強調せねばならない。


「戦いの経験も積めるはずですし、お二人の旅費も限りがあります。これより先の旅路で急な出費などが必要となった場合、借銭の算段が立たねば、立ち往生も考えられます。こういった依頼報酬を得ておけば、旅費の足しに出来るかもしれません」


 クルトンが理路整然と述べると、まずフォンデュが力強く一歩踏み出した。


「なにより町の人の役にも立てるしね、リエット?」

「ええ。見捨ててはおけませんわ。神から奇跡の力を賜った勇者として」


 フォンデュと頷き合い、リエットは髪をさらりと払った。

 陽の光を浴びると髪の一本一本が輝き、金色のベールを纏っている――そう見紛うばかりの美しい髪。勇者は神に見初められた存在、という伝承を思い出すほど神々しい。


 まぶしい。

 ただひたすらに照らす太陽のような二人だと、クルトンには思えた。


(な、なんだ……? この全身から漂う無垢で雅なオーラは……)


 人の役に立つことを最優先にする。

 人間が出来過ぎている。


 人生の日向を歩くためにだけに生まれて来たような美男美女ではないか。まず利を説いた自分の汚さと卑しさを思わずクルトンが懺悔したくなるほど、清廉潔白な少年少女だ。


(ええい、ひるむな、俺!)


 クルトンは気圧される自分を叱咤した。


「では、翌朝、坑道の前で集合するのはどうでしょう? この町から近いですし、現地集合でも構いませんよね? 今宵は私も、色々と準備をしておきたいので」

「ええ、クルトン。わかりましたわ」

「そうだね、そうしよう。馬車のメンテナンスには時間が必要だそうだから」


 丁度いい人助けだと、リエットもフォンデュも油断しているらしい。

 しめしめとクルトンは内心、ほくそ笑んだ。


 そうして明日の予定を話し合いつつ、三人で買い物や宿探しを続けた。


 そのうち日も暮れて来て、タルタルを引き連れてリエットは女性修道院へと向かい、クルトンとフォンデュは宿屋へと向かった。その途中、酒場の前でクルトンは足を止めた。薄闇の中で明かりの灯る酒場からは、楽しそうな声と足音、音楽が流れてきている。


「どうでしょう、フォンデュ様。立ち寄ってみませんか?」


 手のひらで示しつつクルトンは提案したが、フォンデュは手で制した。


「しかし、僕はあまり、こういった酒場などには来たことが無くてね」


 敬虔深いフォンデュは、どうやらあまり遊ばない性格らしい。

 優男にしてはかなり身持ちが固いようだった。だが、クルトンは引かない。


「けれど、戒律でお酒は禁じられていませんよね?」

「ああ、少量ならね」

「なら、大丈夫ですよ。こういった酒場に置いてあるのなんて、たいてい安酒ですから。フォンデュ様の口にはさほど合わないでしょうし。大量になんて飲めません」


 クルトンは朗らかに、やや砕けた調子で続けた。


「まぁ、何事も経験です、フォンデュ様。雰囲気を楽しみましょう。リエット様も言っていたではありませんか。いかに魔王討伐の旅路とはいえ、楽しめる時は楽しんでゆこう、と」

「うん……そうだね」


 リエットの名が出た途端、フォンデュは心が揺らいだらしい。


「クルトン、君の言う通りだ。親睦を深めるのには丁度良い」


 こうしてフォンデュから言葉を引き出し、クルトンは酒場の入り口をくぐった。


 カウンターは冒険者や荷運び人、商人で埋まっている。

 クルトンはテーブル席を一つ見繕い、お酒と肴を並べた。


 はじめフォンデュは顔をしかめて飲んでいたが、酔いが回れば貴族の口にも安酒だろうが関係なくなるらしい。フォンデュは杯を次から次へと、ぐいぐいと空にしていった。


(戒律とやらはどこへいったんだ……?)


 と、クルトンが呆れるほどだ。


「貴族のあんちゃん、すげぇな! どうだ、おれっちと勝負しねぇか!?」

「いいですね、勝負ですか!」


 酒場に居た屈強な荷運びのおじさんと、早飲み勝負までフォンデュは始めてしまう。しかもフォンデュは勝利をおさめ、クルトンは驚きつつも拍手した。

 荷運びのおじさんも感服したと、フォンデュの肩を嬉しそうに叩いている。


「あんちゃん、その飲みっぷり。いやぁ、貴族にしとくにゃ勿体ないねぇ!」

「あはははっ、そちらこそぉ。荷運びなんかやめて、酒造りを始めた方が、ははっ。きっと天職でしょう。なんなら出資しますよぉ、ははははっ」


 上品なフォンデュらしからぬ、はっちゃけぶりだった。


 この飲みっぷりは、日頃中々、鬱屈したものがあるらしい。フォンデュは浅い酔いでは笑い上戸となり、中ほどの酔いで何故かしらふに戻り、最後には泣き上戸になった。


「り、リエットは……すへきな、ひとらよ……けろ、けろね……」


 テーブルに上半身を伏しながら、ぐすっとフォンデュは目に涙をためた。

 クルトンは聞き役に徹していた。良い聞き手は情報収集に欠かせない。


「……ぼくらひは、こんやくしゃ、なろに……て、手もにぎらへてくれないんら……」

「それは酷いですねぇ。いちゃいちゃしたいですよね、婚約者なら」

「そうなんらよ!!」


 どんっとフォンデュは机に杯を叩きつけた。


「くるとん、わかってくれて、ボカぁ、うれひいっ。ほんろーに、うれひいよ……いちゃいちゃ、したいんら……ぼくは、ぼくはねっ、ちゅーしらいっ……!」


 良い感じにフォンデュは壊れてきたようだ。


 貴族のボンボンなら裏でいくらでも好き勝手できるだろうに、わざわざ神に誓いを立てて禁欲的に過ごし、魔王討伐などという旅路に同行する。リエットもそうだが、フォンデュも律儀な性格なのだろう。敬虔深い二人であるからこそ、溜まるものもあるらしい。


 貴族同士の政略的な婚約ではなく、二人の意思による婚約なのだろう。


「それ以上のころもしらい! もう、もうねっ……ぶっちゃけ、たれでもいいっ」

「そうですか、そうですか」


 クルトンは頷きながら、片方の唇をにんまりと吊り上げた。

 だったらもっと素敵な場所に案内してあげよう。


 めくるめく春を売り買う社交場へと、クルトンはフォンデュを連れて行ってあげた。





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