ファインダーと幻影(1)
ぐるぐると、私の脳みそごと頭が回っていくような心地がして、激しく痛んだ。出来事に、私が事象を処理する部分が追いついていない。もはや隣にいる新堂君のことなど気にしている余地もなく、ただ私は悩み続けていた。
「松野さん、怜美先輩に連絡」
忘れていた。話が終わった、と彼女にスマホでメッセージを送った。すぐに返信が来た。彼女たちは今、海辺の砂浜にいるという。しばらく家に帰りたくないらしく、私たちはそこへと足を運ぶことになった。陽が暮れかけていて、制服ではやや寒さを感じる。一度うちに寄って、新堂君に上着を貸そうかと思ったが、丁寧に断られた。
「新堂君、私ちょっと見直しちゃった」
「松野さんこそ。僕じゃあんなに堂々と立ちまわれないよ、大人相手に」
海への道すがら、彼とお互いを褒め合って、妙な気分になった。ここで喜んでいいのかわからない。二人して、亜紀さんのどす黒い魔力に縛り付けられてしまったようだった。すべてが彼女の手中にあって、今こうして悩んでいることも、すべて彼女の思いの中にあるのなら、もはや考えることをやめたほうがいいような気もする。
ただしここで、私は思考の放棄を踏みとどまることができた。以前はどうだったか分からない。彼女を変え――考えを変えさせることに躍起になり、それがかなわず、私は地団太を踏んで、数週間、暗澹たる気分で過ごしていたに違いない。
私は重く鈍い頭を振り絞って、今日の亜紀さんとの会話を整理していく。きょうだいにかけてやる言葉を少しずつ、編み出していった。
「自信がなくなったよ」
「新堂君が自信を無くすことはないよ」
私はその、木枯らしの流れにそのまま吹き飛んでしまいそうな皮肉なほほえみを、掻き消そうと、声をかける。
「怜美先輩も翔太君も、本当に想われて育ったんだなって。周りに慕う人がたくさんいるって素敵だなと思った。新堂君も、ずっと今まできょうだいのことを気にかけてくれて嬉しい。私が言うことじゃないかもしれないけどね」
うつろな目をしている彼はしかし、私の言葉を、しっかりと聞いてくれているようだった。
「ううん。きょうだいのこと、今一番しっかり見ている他人って、多分松野さんだと思うよ」
そうなのだろうか。唐突に不安になって、
「私は、出しゃばっていないかな」
「まさか。もうみんな、山本きょうだいのことはもう任せているぐらいだよ」
認められているのか。転校してすぐにふたりと親密になったことに対する後ろめたさは、もちろんあった。私は、そういう居場所を確立しているのだ。その中で、私はやりたいことをすればいい。
「ほんとだよ」
「ありがとう、結構楽になった……ねえ」
「どうしたの?」
私の言葉に、少しだけ自信を取り戻したのか、新堂君のいつもの微笑を見ることができた。
「私、ひどい顔してないかな」
新堂君は私の言葉に、破顔した。つられて私も、笑ってしまう。ついでに、彼への心配も吹き飛んでしまった。切り替えが早くて、男の子の扱いになれていない私としては助かる。
海辺にたたずむきょうだいは、なぜだか異邦の地からさまよいこんだ人たちのように見えた。そわそわとして落ち着きがなく、怜美先輩はしきりに周りを気にし、翔太君は彼女の周りをぐるぐると歩いていた。
自分の知らないところで、自分たちが断罪されているかもしれないという恐ろしさというのはどうだろうか。不登校のころ、学校でどんな噂をされているか、あることないことを想像していたころの記憶が、よみがえった。つらく苦しい記憶。
「来たか」
翔太君がいち早く私たちの存在に気づいて、声をかけてくれた。
みんなで集まったとはいえ、話をすることがなかった。重苦しさが、私たちに口を開かせなかった。四人で海に対し平行に並んで座り、打ち寄せる冷たい波を見ていた。触れた者に痛いほどの冷たさをもたらしそうな潮の流れは、近くのテトラブロックに押し寄せてはその飛沫をあたりにまき散らしていた。
思い切って、私は口を開く。
「亜紀さんから、話を聞いてきましたよ」
怜美先輩が、私のほうを見て、
「そこまで悪人じゃないでしょ、あの人」
「根っからの悪人だと思いますけどね。まるで言っていることに道徳性がなかったと思います」
私はみっともなく、彼女らの前でその親の愚痴を言った。
「そんな風に言うと、翔太が傷つくよ」
翔太君は立ち上がった。
カメラを首から提げている翔太君が、私たちに声をかける。
「陽が完全に暮れる前に、撮っていいかな」
誰も何も言わなかった。彼はカメラの電源を入れて、後ろから私たちを撮った。
「今回は、何を表したかったの」
つい、聞いてしまう。
「虚しさ、なのかな。やりきれない怒り、とも言うかもしれない」
怒り。そうだろう、私たちはみんな、亜紀さんに怒りを抱いている。しかし、私はそれをどうするつもりもない。初めから諦めている。みんなも、どこかそう言うところがあるかもしれない。
「私は、怜美先輩と翔太君の味方です。いつまでも、味方ですから」
怜美先輩はうなずく。翔太君が何枚も、写真を撮っていた。私は彼のほうを向いて、一度被写体になってから、
「今日撮った写真、データのメモリだけもらえれば、うちで写真焼いてあげるよ」
「澄香、できるの?」
「任せて」
翔太君のカメラを手に取り、メモリーカードを抜きだした。帰ってから、その中身を見るのが楽しみだった。新しい機械を使って、彼が見て、表そうとした世界は、どんなものだろうか。
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