私の中和(7)
放課後、私が体育館へ、劇の練習用のセットが入った段ボールを運んでいると、
「持つよ」
新堂君に声を掛けられた。両手の負担が、ふっと軽くなって、私の是非を問わず段ボールを持ちあげたのだなと気づいた。こういうやさしさが、彼にはある。
「ありがとう」
「重いもの運ぶなら、僕を頼ってよ」
目を細めて笑い、私には重かった荷物をいとも簡単に運ぶ彼の姿が印象に残った。
「僕も裏方なんだからさ。みんなを頼るって、約束したじゃん」
「そうだったね……部活の練習もあるのに、わざわざ放課後手伝ってくれてありがとうね」
「今週末が大会で、部活が忙しいけど、協力できるところは協力したいからさ」
新堂君は柔和な笑みを浮かべた。そばで見ていたらしい美薗ちゃんが、
「はい、今恋に落ちる音がしたー」
「してないよ!」
私をからかう美薗ちゃんに突っ込みを入れる。
「いやでも、新堂君が裏方って、勿体ないと思うなあ。絶対人気出るでしょ、あのルックスと評判だと」
「そんなこと、新堂君には興味ないよ」
「なにをー! 知ったような口きいて」
「……ごめんごめん、そんな気がするってだけ」
S高校の文化祭は、海を望む祭り、と書いて望海祭という。といっても、校舎の屋上から、かろうじて見える程度だ。その日は普段施錠されている屋上も解放となる。もっとも、そこを訪れるのはカップルか、告白をしたり受けたりするために集まった男女ということになっている。そういう慣例らしい。私はひとりでも行くつもりだが。
その前に、海に謝らなくてはならない。私は二度、海に失礼なことをした。それを海は、気にしていないかもしれない。図々しく生きる、と唯奈へのメールに書いたにせよ、ここばかりは自分で割り切りができなかった。海のために、何かしたい。
「じゃあ悪いけど、新堂君と澄香で、荷物運んでくれる? 先に稽古始めちゃうから」
美薗ちゃんはそう言って――なぜかにやにやしながら――体育館のステージのほうへ小走りに移動していった。美薗は脚本の最終調整で忙しく、徹夜で作業することもあるそうだ。私たちの出し物は、今のところ準備も順調だった。みんながしっかりと役割分担して取り組んでいるからだった。チームワーク、という言葉に私はこれまで無縁だった。必要なことは、すべて一人でやらざるを得なかったから。
新堂君の手を借りて、私は体育館に段ボールを運ぶ。思っていた時間より何倍も早く、運び入れは終わった。練習やセットの位置決めの時間を、長く取れる。新堂君には感謝しきりだ。
ふと思い出して、手を振って体育館から出ていこうとする彼を呼び止めた。
「そう言えば、新堂君」
なに? と柔らかく微笑みながら聞き返す新堂君。細かい話をしても体育館を使っている部活の人たちの声にかき消されるので、二人でいったん外に出ることにした。
「私、週末の大会、怜美先輩と一緒に応援に行くから」
「え? 怜美先輩来るの? しかも松野さんも一緒に」
「あ、聞いてないんだ。もしいやだったら、私いかないし、なんなら来るなと言ってたって怜美先輩にも伝えるよ」
「まったくもう……松野さんは、マイナスに考えすぎだよ」
新堂君はやれやれといった風に言った。体育館からは活気のある声が聞こえ続けていて、熱気が外まで伝わっていた。どこの部活も三年生が引退して、新人大会にむけ気合が入っているのだ。
「応援しに来てくれてありがとうね。頑張れそう」
その声が、私の心を揺さぶった。私には身に余る言葉だと思い、ひやりとしたというほうが正しい。
だめだ。そういう考え方を、やめると心に決めたのだ。私は咳ばらいをひとつして、
「私も、新堂君が泳いでるところ、見たい。きっとかっこいいだろうな。期待してるから」
彼ははっと目を見張って、朗らかな笑みに戻るまでに時間がかかった。
「なんか、松野さんらしくない、その言い方」
「私らしさって、なんだろう。新堂君には分かる?」
「分からない。ごめんね、変なことを言ったよ」
新堂君は、糸を引っ張ればほつれてなくなりそうな笑顔を浮かべた。その裏にあるのは、驚きなのだろう。
私は新堂君と別れた。振り返ると、美薗がにやにや笑いを浮かべて立っていた。私は彼女の頭を軽く小突く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます