もののみかた(2)
しばらく様子をうかがっていたらしい人たちの輪が、私たちの周りに自然とできていた。みんなにも私のことを、沢山話した。要するにきっかけなのだな、と思った。と言ってしまえば、まるで自分の人気を確信しているようで自惚れすぎかもしれないけれど。少なくとも、今日のような空気感の中で、クラスメイトとやり取りをするのは初めてだった。
「ワンス・ダン・イズ・ハーフ・ダン」
野辺さんが何やら口にした。
「なに?」
「英語のことわざ。一度やってしまえば、半分終わったも同じ。要は初めの一歩を踏みだすのが、一番難しくて立派だってこと。松野さん、よく頑張ったと思う。私なら松野さんほどトラウマ抱えてたら、何もできずに隅っこで本読んでるだけで高校生活終わらせちゃうよ。っていうか初めの自己紹介の時、もう人と関わりたくありません、って感じ出てたけど、意外と話しやすくてよかった!」
「あ、ありがとう?」
二人のやり取りに、人の輪がどっと笑いに包まれた。そうして、私たちは話し合った。これから一緒に学ぶ仲間たちに、高校のことをいろいろ教えてもらううちに、もう小一時間経っていた。教室になにやら取りに来た浅田先生が私に微笑みを投げかけたのを、確かに見た。
「そういえば新堂くんと話してたよね! どういう関係なの? ねえねえ」
野辺さんはにやにや笑いを浮かべている。
「どうって、あの、そのただ夏休み中に偶然知り合っただけというか」
「抜け駆け? もしかして新堂君のこと、狙ってる?」
体中の血液が、顔に集中しているのを感じた。耳が熱い。
「え、え……そう言うのじゃないよ! たまたま山本君の紹介でさ」
「山本君ってもしかして怜美先輩の弟さん?」
「うん」
「じゃあ怜美先輩とも知り合いなの?」
急に野辺さんの声のトーンが上ずった。私はうなずいた。
「ええええ! すご、学校の有名人二人と、もう関係ができてるなんて、隅に置けないなあこのー!」
そう言ってそれまで席についていた野辺さんは、やや恨めしそうに、しかし冗談と分かる程度に私をにらんだ。
「あ、うん、怜美先輩とは同じマンションに住んでて」
「えーそれずるい! めっちゃくちゃかわいいよねー怜美先輩! いいな、もしかして松野さんと一緒にいたら、怜美先輩とも知りあえるチャンス?」
私は熱狂して話している野辺さんに、私は苦笑いをするしかなかった。
「そんなに有名なの?」
「有名も何も、元生徒会長だもんね。それに成績はずーっと学年一位。知らなさそうだから一応ついでに教えてあげるけど、新堂君は二年生にして今年の夏、水泳で全国大会に出たのよ」
「おお、すごいね」
私が素の反応を示すと、面白くなさそうに野辺さんは肩をすくめ、
「そんなにすごいって思ってない感じがする……」
「いや、すごいと思うよ! すごいなー!」
いま、確かにずれを感じた。
私が前いた高校では、生徒会長という肩書きはそれほどすごいものではなかった。学校の統制がきつく、生徒会のする仕事は限られていたからだ。中途半端な進学校だったから、学年一位だった生徒はしきりに得点の悪い教科の反省をしていたし、周りも尊敬というよりは敵意のこもった目で彼を見ていた。全国大会だって、出場した選手を何人も知っている。元いた高校の顔見知りもそうだった。
けれどそれは、私たち東京の高校に通う生徒だったから。日本のほとんどの地域では、普通生徒会長は偉いし、学年一位は尊敬の対象。全国大会に出ることはすごいこと。
ほんの些細なずれだと理解した。意識しなくてもそのうち、ここの価値観にも慣れていくだろう。
「学校でずっとしゃべってるのもなんだし、そろそろ帰ろっか! また明日もよろしくね、澄香ちゃん!」
思わずぴくりと反応してしまう。名前で呼ばれることにも、慣れていない。
「よろしく……美薗ちゃん」
私は蚊の鳴くような声で、そう返した。彼女は私に、照れてるの、男の子相手でもないのに、と言いながらしかし、微笑んでくれた。
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