海と夜(3)

 あのきょうだいはなにを考えて、そんなに彼と私を結び付けたがっているのか。判然としない。


「あの、山本きょうだいとはどういう関係なの?」

「ああー、小さいころ、よく翔太君の遊び相手になっててね。その流れで今もたまに遊んでるし、家に呼ばれることもあって。怜美先輩とも友達なんだ」

「なるほど」


 実はね、と彼は悪戯っぽく唇に指を当てて、


「――僕も海が好きで大好きで、周りに海好きな人がいたら教えてって周りには言ってあるんだ。だから、今日は半分僕が誘ったみたいなもの。なかなか、珍しいんだよね。こういう町にもとから住んでると、海が好きって感覚を持ちようがない。当たり前にあるものだからさ」

「たしかに」


 細目からわずかにのぞく瞳は、その小ささからは思いもよらないほど豊富な輝きを投げかけてきていた。彼は今、まるで好きなものについて話すことに夢中になっている子供のようだった。


「海って、強いよね。強くてたくましくて、人間なんかじゃ全然及ばない。僕はね、海に勝ちたいんだ。何かしらの形で海を制覇したい。海で勝ちたいって言ったほうがいいのかな。だから、水泳をやってるんだ。水を切り裂いて、自分で水の流れを作って、一緒になって前に進むのがすごく好きなんだ」


 そこでふと、我に返ったように、


「ごめんね、熱くなっちゃって」

「ううん、いいことだと思う。そういう風に語れることがあるのは」


 ありがとう、と新堂くん。立ち話もなんだし、と場所を移動して、あまり人が通らなさそうな場所の、花壇を縁取るレンガの上に座った。日差しのせいで、お尻に温かみを感じた。そこでしばらく雑談をした。高校生活のことを、いろいろ尋ねたが、やはりそこから覚えたのは、入り込んでうまく溶け込めるか、という不安だった。会話の中で、人づきあいは下手で、と私は半ば冗談めかしながら切りだした。


「心配しないで、僕からみんなに言っておくからさ。悪い人じゃないって」

「ありがとう」


新堂くんは、きっともてるだろう。初めて会って話をした私の心にも、暖かいものが生まれていて、心地よかった。


「いろいろ横道にそれちゃったけど、そろそろ本題に入ろうかな。――君は、海が怖いと思ったことはある?」


 彼はにこやかな表情のまま、私に尋ねた。なんとなく、すごみを感じる声だった。


「水は、怖いよ」

「もしかして泳げない?」


 私はうなずいた。ふふっ、と噴き出す新堂くんを、私は睨み付ける。


「ごめんごめん」


 振り返っても、一度も海水浴で海を訪れた思い出はなかったし、中学校にも前の高校にもプールがなかった。小学校の時、水に顔を付けることが怖かったのを覚えている。今でも怖い、というのは内緒にしておいた。


「それでも海が好きな理由はあるの?」 


 私は理由を考えることもしなかった。恋は突然に始まるものだし、その心に理由を後付けするのは野暮というものだ。だから、首を振った。


 彼は隣に置いたバッグの中から、ペットボトルを取り出し、ぐいぐいと中の水を飲んだ。


「なんか、ごめんね」

「そう言うと思った」

「え、どうして」

「変に理由を付けるよりは、そっちのほうがいいと思うんだ。僕の海が好きな理由も、後で自分で付け加えたようなものだからさ。自然は、自然体で愛するのが一番だよ。素敵だと思うよ」


 私は花壇のレンガを、ひっかくようにそわそわと指でなぞった。素敵、という言葉に少し、ほんの少しだけ胸が鳴った。異性にそういうことを言われるのは初めてで、よくよく考えれば異性と二人きりでここまで話したのも初めてで、ここまであまり緊張せずに話ができたのは不思議だった。


「その気持ち、大事にして。――みんな、忘れてしまってることだから」


 少し沈黙が続いて、新堂くんは、そうみんな、と独り言のように繰り返した。

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