豌豆の夜

「今日の猫、とっても小さかった」

 私の膝を枕にしながらそんなことをハリーは言った。いつものこんな様子で話すが、今日はなんだか雰囲気が違う気がした。

「あぁ、とても愛らしかったと思う」

 目を瞑りあの子猫の容貌を思い返す。顔と脚、そして尻尾。体の末端部分とも言える場所が黒く、白というよりアイボリー色の毛にとても映えていた。明るい青の瞳も、空を閉じ込めたかのような色合いで見ていて飽きないだろう。

 子猫特有の丸っこい体つきの中に、きっと成長したら美しくなるだろうという気品が兼ね備えられたとにかく素晴らしい猫だった。

「うん、でも……」

 ごろりと寝返るを打ち、顔が見えなくなってしまった。

「でも?」

 言いかけた言葉の続きを催促する。今日のハリーなんだか変だ。

「僕なんかにあの子と一緒に権利はないんだよ」

 その言葉は、なんとなく予想はしていたのに、なぜか私に衝撃を与えた。鈍器で頭を殴られたよう、といえば大げさだが、それでも切り傷のような痛みを与えるには十分だった。

「なぜです? 貴方は……」

 その先の言葉に詰まる。なぜだろう。言って困るようなことなんて一つもないはずなのに。

“貴方は”その先の言葉を私が言う日は有るのだろうか。いや、きっと来ないはずだ。来るとすればそれはハリーと私の終わりの日。

「君も知ってるだろ、僕はこんなにも弱い。そんな僕が、あの純粋で美しい命を守り通せるはずがない」

 そんなことは決してない。貴方は弱くなんてない。今ここでそんな風に叫べたらどんなに楽だろうか。ハリーをこんな風にしたのは私だ。そのくせ今更そんなこと言ったってどうにもならない。だから、母親のように頭を撫で慰めてやるだけでいい。

 ランプの炎がかすかに揺れるこの部屋は静かで、なんて寂しいのだろう。

「ねえ、リアン」

 数分ほど黙っていたので、眠りそうなのかと思ったが声を聞く限りそうではないようだ。

「なんだい、ハリー?」

 動揺なんて絶対に悟らせない。そんなところを見られたら、きっと彼は私に頼ることをやめてしまうだろう。迷惑だったんだ、なんて勝手に思い込んで。

「来世ってあると思う?」

 唐突だった。

「なぜ、そんなことを?」

 質問に質問で返すことはよくないとわかってはいるのだが、そう返さずにはいられない。

 なぜ彼はこんな質問を私にしたのかその真意を探らなければ。

「僕はね、リアン。あると思うんだ」

 私の質問に答えることなく、物語でも聞かせるように話し始めた。

「だからね、僕は早く来世になって欲しいって思ってるんだ」

 どうして。

「きっと来世では、普通になれると思うんだ。誰にも迷惑なんてかけなくて、責任感のある人に……」

 この人は、なんて哀れなのだろうか。

「ハリー、君は」

 その言葉の先はやはり言えなかった。

「ごめんね、リアン。困らせたよね、本当にごめん」

 ハリーはそう言って曖昧に笑うと眠りについてしまった。

 私はどうすればいいのだろうか。

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豌豆の王様 翠玉 @siugyoku

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