別世界

 何が起きたのか分からなかった。声をかけられた。あぁ、本当に僕を認識してくれている。これでもう幸せなのに、まだ、もっとと欲が湧いてくる。話しかけよう。何を読んでいるか聞いて彼女の世界を味わおう。


 彼女はいつものようにそこにいた。僕は初めて話しかけた。


「何を、読んでいるんですか」


 言葉は返ってこなかったが、手招きされた。僕がついてきているかを見ずに、奥へ歩いていってしまう。今日こそは見逃さないように急いで追いかけた。


 一番奥まで行くとやっぱり左に曲がった。曲がると、正面と右側は棚で左側は本棚に挟まれた通路になっているはずだった。実際には左側も本棚だった。行き止まりになっていたのだ。


 どういうことだとキョロキョロしていると、彼女は本を差し出し、「これを読むといい」と言って、驚き固まっていた僕の手に無理矢理本を持たせ、戻っていってしまった。


 我に返り振り返ったときには彼女の姿は見えなかった。そして本棚の位置も元に戻っていた。


 不思議な体験をしたことより、彼女に本を手渡されたことに胸が躍った。あのあと、本を買い真っ直ぐ家に帰った。

 

 早く読みたい気持ちと、もう少し表紙を眺めていたい気持ちが戦っていた。

 小一時間ほど格闘し、ようやく読むことにした。


 そしてすぐに半分読み終わってしまった。簡単に言うと内容は、主人公の男がある場所で出会った女性に一目惚れをするというものだった。


 そのある場所というのが本屋なのだ。なんだか運命的なものを感じたのは言うまでもない。この男は女性お薦めの本を教えてもらうまでの関係になり、それを読むところまでたった今読み終わった。一気に読みすぎてしまったと思い、この日はここで止めて明日の楽しみとすることにした。

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