一歩先へ
今日も僕は本屋に行く。あの人はまたあそこに立っている。いつものようにそっと近づくと、あの人は一瞬こっちを見て笑った。
笑うといっても、満面の笑みとか無邪気な笑顔とかではなく、ふっと口元だけ笑うというような感じだ。口元だけかは目元が見えなかったからそうと言うしかない。
あの人が笑ったという事実は僕を昂らせた。なんだか、あの人が僕を認識してくれた、知り合いになったと勘違いをしてしまう。
だから僕はあの人を表す言葉をもっと身近にするべく、彼女としよう。お付き合いをしていなくても、女の人のことを彼女と呼ぶこともあるから、おかしくないはずだ。
あれから彼女は僕を見ると、ふっと笑いかけてくれるようになった。それが嬉しくて仕方がない。これ以上のことが何もなくてもいいと思えるくらいに。その嬉しさを感じたくてまた僕は本屋に行くのだ。
この日は少し違う。
何がって、彼女の立っている位置が。人一人分程今は奥にいる。
近づこうとすると、彼女は僕が見てきた中で初めて手前に歩いてきた。軽くうつむいて静かに本屋を出た。
予想もしてなかったことが起きた。なんたって本屋でしか見たことがない彼女が本屋を出たのだ。
もうこれは追いかけるしかない。彼女を追うと本屋からすぐのハンバーガー店に入った。普通にハンバーガーを食べるのかと感激した。
初めて見たとき、生きているのかさえ疑問に思った人が、笑いかけてくれて、そして何かを食べようとしている。僕と同じ人間なんだと心から嬉しかった。僕は彼女と同じだったのだ。そう思った。
そんなことを考えていたら、店から出てきた彼女とすれ違った。やっぱり俯いていたので顔はしっかり見えなかった。
だが、すれ違うとき確かに聞いた。「こんにちは、本屋の少年」と。
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