第6話

 独りぼっちになった私は、それでも左右を見渡しながら真里の姿を探す。大勢の人がいるせいで遠くは見えなかったけれど、それでも、探そうとした。


「真里……」


 私にとって、それは置き忘れた想いの一つだった。

 真里を追いかけると決めたとき、それは過去を繰り返したくないという感情の裏返しであることに気が付いていた。

 私はもう、真里を迷子にさせてはいけないのだ。たとえ幻でも、私は真里を見つけてあげなくてはいけない。


「だって私は、おねえちゃんなんだから」


 口にすればするほど、不思議と決意は固くなっていく。


「きゃっ」


 思わず声に出したとき、私は少し開けたところに出ていた。正確には、パレードの見物客に押しのけられた、というのが正しいだろう。それは今までいた繁華街とは交差点を挟んだ反対側で、パレードの運営の人がいる側だった。

 気付かないうちに、ロープの内側に入っていたらしい。それくらいの大混雑だった。

 そこに、真里の姿はない。代わりに、私は思わず目を丸くしていた。

 パレードを監視するかのような位置に、白いワゴン車が停まっていた。屋根の上にはメガホンが取り付けられているので、何かお知らせをするための車だろう。中にはスタッフさんが乗っている影が見える。

 それは、私が夢の中で見たのと瓜二つの車だった。

 同時に、私の脳裏には今朝見た悪夢の光景がよぎる。

 頭の中を記憶が通り過ぎると、そこには見慣れた姿があった。長い髪。群青色の外套。くりくりの瞳。


 ――真里だ。


 真里はワゴン車の後ろで、しゃがんでいた。

 私は反射的に飛び出していた。

 だってそれは、夢の再現。

 ワゴン車が突然バックして、そして真里が轢かれることはもう、なかった。

 間一髪のところで、私は真里――その少女を抱きかかえたまま一回転して車から離れていた。アクロバティックに綺麗に、なんてことはなく、私は膝を擦りむきながら、背中を地面に打ちつけていた。

 痛かったけれど、痛みは全然なかった。

 抱きかかえた少女に、向き直る。その子が真里ではないことに、私はすでに気が付いていた。


「大丈夫?」


「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます」


「よかった。今度はちゃんと見つけられて」


「何ですか?」


 私の言葉に、少女は不思議そうな顔を浮かべていた。いきなり今度は見つけられた、なんて言われたらそうなるのも当然だ。

 それでも私は少女に向かって、えへへと笑ってみせた。お姫様の仮装をした少女は、私がさっきぶつかってしまった女の子だった。

 衣装についていたブローチを手に持っている。きっとパレードに参加していて、何かの拍子に外れてしまったのだろう。


「あの!」


 私が女の子と向き合っていると、女性が駆け寄ってきた。駅で女の子と一緒にいた女性。きっとお母さんだ。


「ありがとうございます。もう少しで私の娘が、車に……」


「よかったです。怪我がなくて」


「本当に、ありがとうございます」


 私は、ほっとため息をついた。思い返せば、一歩間違えれば私が車に轢かれていたかもしれない状況だ。

 それでも、胸のもやもやは晴れていた。真里をちゃんと見つけてあげることができた。それだけでもう、十分とも言える。


「真弓!」


 次に私のところに来たのは、砂夜だ。私が人の波に流されていった方向を見ていたのだろう。思ったよりも早く合流することができた。

 私たちのことを見て、すぐに状況を理解したのだろう。砂夜は腕組みをして、深いため息をついた。


「無茶」


「いつも通り?」


「でも、その顔。ちゃんと追いついた?」


「うん」


「なら、許す」


 何を許されたのかは分からないが、気が抜けた私は笑ってしまった。

 お母さんは女の子と手を繋いで、もう一度ぺこりと会釈をしてくれた。女の子も同じように、私たちにお辞儀をした。


「今日何度もすれ違うなって思ってたんだけど、まさか、その子たちに助けられるなんて……偶然もあるものね」


「何度も?」


「ええ。そっちの子。珍しい仮装をしてたから、よく覚えてるわ。道でも本屋さんでも、あなたたちのことを見かけたわ」


「砂夜は仮装じゃない。私服」


 砂夜の主張を理解したのかしていないのかは分からないが、その親子は人混みの中へと戻っていった。

 彼女の話を聞いて、私たちはすっかり真相を理解していた。


「まあ、ある意味気のせいってことだったと思うんだけど」


「不思議なことは、起こる」


 私の見た真里は、全てあの女の子だったのだろう。私の見た悪夢は、この結果の前では本当の悪夢かどうか分からない。夢で起こった運命を、私は変えちゃったのだ。

 私が真里の影を見た意味。それは、きっとさっきの瞬間のためだった。あの小さな女の子を、私が救うこと。

 でもそれは、私にとっての救いでもあった。

 きっと、それでいい。真実なんて何も分からないけれど、私の中で意味は見つかった。理由は見つかった。だから、満足だ。


「さ、帰ろっか」


「同意」


 今日のことはきっと、一週間もすれば忘れてしまうのだろう。それくらい、この奇妙な出来事は一方で些細な出来事になった。

 でも、きっとまた来年。

 今度はみんなで仮装して、今日という日を楽しもう。

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しずくのおと - the someone’s dream of Halloween - @akeoshinohara

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