第4話

 裏切られた、というのが一番近い感覚なのだろう。


「本当に?」


「……うん。全然、いない」


 砂夜に問いかけられて、私はそう答えた。

 外は変わらず――いや、パレードが近づいているせいか、さらに人は増えている。仮装している人の割合も増えているに違いない。

 けれども、その中に真里の姿を見ることはなかった。


「どうして……?」


「真弓が前を向いたから。あんたの精神状態によって見えていたと仮定するなら」


 砂夜はこういう時、すぐに仮説を立てて話してくれる。動揺しないと覚悟したばかりなのにぐらついてしまっていた私は、どうにか冷静になろうと努めていた。

 砂夜はさらに、自らの話した仮定の続きを話した。


「真弓が悪夢を見たことが、妹の姿を見かける原因になった。悪夢を見たストレスが払拭された。だからもう見えない」


「うん。分かる。それならすごく、分かるよ」


 しかし私は、心の底から納得することができなかった。砂夜はいぶかしげな顔で、さらに問いかけてくる。


「あるいは、真弓、麻薬とかやってない?」


「やってるわけない!」


「冗談。砂夜の話した仮説の通りだとすれば、解決」


「そう……なのかな」


 砂夜は、はっきりと言ったけれど、私にはまだ疑問が残っていた。心の中のもやもやと言い換えてもいい。とにかく、これで解決と喜ぶことはできなかった。


「でも!」


 だから私はそう言ってから、続ける。


「真里の姿が見えたなら、意味があると思う」


 砂夜は私の顔を真剣に見つめたまま、何も言わなかった。だから私は、続く言葉を話す。


「何の根拠もないし、砂夜の言う通りストレスのせいって方が自然かもしれない。だから、私の予感なんだけどね。私が真里の姿を見た意味を見つけないと、納得できない」


 私は、あらためて覚悟の言葉を口にした。きっとこれが、私が本当にすべき覚悟だったのだ。たとえ気のせいだとしても、真里の影を見たのは紛れもない、私にとっての現実だ。

 だから、私は――。


「言うと思った。だから、結論を早めた。諦めるのを提案した」


「どういうこと?」


「そうすれば、真弓は自分の気持ちにすぐ気付くと思った。砂夜の正解。で、何がしたいの?」


「同じ。真里を、探そう。真里は見えなくなったんじゃなくて、見つからなくなったんだ」


「いいよ。でも、大変」


 砂夜は、視線をスクランブル交差点の方へと向けた。その方角からは、楽しげな音楽が聞こえてくる。

 パレードが始まる時間がきてしまった。早速、群衆の動きが見えた。

 参加者の統制はとれているけれど、見たままの感想を言えば、見物客の統制は全然取れていない。

 人の流れも、スクランブル交差点に向かっている。一方でそうでない人もいるから、まるで時化の海だ。

 満天水族館の中とは、わけが違う。この街の広さは比較にもならない。

 だが、答えは決まっている。


「探そう。そして、見つけるよ」


 たとえ街中にクジラが出てきたって、私は大丈夫。だって――私は、私たちは一度乗り越えたのだから。

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