第3話

 その後のことは、あるいは予想の範疇だったかもしれない。

 私は、至るところで真里の姿を見ていた。

 街中で何度か、買い物に行った本屋さんの中でも。

 それが本物の真里の影だと思うことなんて、もうありえない。けれども、私の心が揺れないはずもない。

 一体、どうして――?

 その疑問に答えてくれる人は誰もいないのだから。


「買い物は終わった。アイス」


「……うん」


「あんたをこのまま帰すこともできない。きっと、妹の姿を見続けることになる」


「……うん」


 二回連続で、私は同じ返事をしていた。

 私たちは、店内で座ることのできるアイス屋さんに入った。その道中でも真里の姿を何度か目にしていた。


「状況を整理する。あんたは、街中に真里の姿を見る。けど、すぐ消える。そして、砂夜にあんたの妹の姿は見えない」


「そうだね。もちろん、砂夜以外の他の人にも見えていない。そして、真里は私の声に反応しない」


「だから、いないって考えるのが妥当」


「私も、分かってる」


「何回見た?」


「分からない。でも、十回以上は真里の姿を見た」


「今分かってるのは、もう一つ。一度真里が消えたら、同じ場所に真里を見ることはない」


 私は、砂夜の言葉にうなずいた。だから、店の中に入るというのは都合がいい。真里の姿を見ることなく、落ち着いて話ができるからだ。

 砂夜は当然そのことが分かっていたから、店の中に入ることを提案したのだ。

 ここまで話して、私はパンプキンアイスに口をつけた。座ってからちょっと経っているので、表面が解けている。けれど、その柔らかさが丁度良かった。

 ほのかな甘みと、わずかに混じる嫌気のないかぼちゃの皮の苦みが口の中に広がる。美味しいアイスは、気持ちを落ち着かせてくれる。

 砂夜は、チョコレートのトリプルを頼んでいた。それぞれ、微妙に種類が違うチョコレートのアイスだ。


「砂夜、今日はアイス食べるんだね」


 というのも、砂夜は基本的に甘いものを食べたがらない。そもそもの食べ物の好みが偏っていることもあるのだが、食べられないというわけでもないので、四人で遊びに行くときに困ることはなかった。


「気分転換」


 そう、気分転換だ。こういう時、焦っても仕方がないことを私はよく知っている。

 この世界というのは、何かが起こる世界なのだ。満天水族館で、私は学んでいた。

 だから自分に起きているこの異変を、もはや気のせいだと見過ごすことはできない。砂夜も同じ気持ちだから、私に付き合ってくれているのだろう。


「ちゃんと気分転換して」


「あっ」


 私の悪い癖だ。何かあると、すぐ考え込んでしまう。考え込むとそれに集中して、周りが見えなくなってしまう。


「あんた、コーヒーは飲むの?」


 珍しく、砂夜から話題を振ってきた。私を気遣ってくれているのがばればれだが、それが嬉しい。


「ううん。コーヒーは苦いから、お砂糖とミルクをたくさん入れないと飲めないもん」


「そう」


 そして、会話が終わる。


「え、なんで聞いたの?」


「別に」


「教えて」


「未来が言ってただけ。散歩してたら雰囲気のいいカフェを見つけたって。名前は忘れた。ネコ科の動物の名前がついてたけど、チーターかライオンか、その辺り」


「未来が……いいね、カフェってチェーンのお店しか行ったことないし、それでもまだ緊張するけど……行ってみたい」


「伝えておく」


「砂夜とか未来は、コーヒー好きなの?」


「砂夜は、どうでもいい。未来は、好きって言ってた」


 未来は甘いものも好きだけど、甘いものと一緒によく紅茶やコーヒーをたしなんでいた気がする。言われてみれば、姫乃も同じだ。


「なら、行こうね。また四人で」


「そこは落ち着いた雰囲気だから勉強もできそうって言ってた」


「うんっ」


 先のことを考えると、少しだけ前向きな気持ちになれる。

 たくさん勉強をしないといけないのはちょっと大変だけど、その先には楽しいことがたくさん待っているのだろう。


「少しだけ、晴れた」


「えっ」


「真弓の、顔」


「砂夜……意外」


「それだけ言えれば、大丈夫。店を出よう。真弓には負担かもしれないけど、真里の姿を追ってもらう」


「うん。消えないうちに、真里に追いつけば何かが分かるかもしれない。今はそれしか方法がないもんね」


 私は一呼吸終えて、続ける。


「覚悟を、決めたよ。だから、もう真里の姿を見ても動揺しない」


「それでこそ、真弓」


「でも、まずアイスを食べるまで待っててね」


「それも、真弓」


 私は大きな一口でアイスを食べきって、再び街へ出ることを決めた。

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