第2話


 駅前に出ると、普段とはすっかり様子が異なっていた。私はその様子を見て、今日がイベントの日であることを思い出した。


「そっか、ハロウィン……テレビでやってたかも」


 今日は十月三十一日。すっかり定番になったハロウィンの日だ。ただでさえ人の多いスクランブル交差点は、仮装した人や撮影者でひしめき合っていた。

 そういえば、私とぶつかってしまった女の子もお姫様の衣装を着ていた。あれは、ハロウィンの仮装だったのか。私が生まれる前のアニメ映画のお姫様だったが、あまりにも有名なキャラクターだ。



「さっきもだったけど、うざい」


「渋谷だから……仕方ないよね。毎年すごいみたいだもん。それでも、今年は街の人が仕切ってるって聞いたよ」


「関係ない」


 私たちの会話を聞いている人がいたら、それなら一直線に帰ればいいと思うに違いない。だが、素直じゃないのが砂夜で、目につくものの八割にまず文句を言うのが砂夜なのだ。

 すっかり、私は砂夜の言動には慣れていた。


「今も交通規制はかかってるけど、六時からはハロウィン・パレードっていうので一時間くらい交差点が完全に封鎖されちゃうんだって。その前に戻りたいね」


 あまりにもはちゃめちゃだった昨年までの悪評を受けて、今年は街が正式にハロウィンの特別企画としてパレードを実施するらしい。

事前に申し込みをしておけば誰でも参加できるという、仮装パレードだそうだ。


「あと、二時間」


 砂夜の言う通り、今は午後四時。だが書店で参考書を買うだけなら、混雑で歩くのが遅くなったとしても十分だ。


「あ」


「何?」


「ハロウィンだったら、かぼちゃのアイス出てるよね。私、まだ食べてない」


 アイス屋さんでは、時期限定のキャンペーンを行っていたはずだ。最近遊びに行くことが減っていたから、見逃していた。


「行けばいいんでしょ」


「あれ、面倒とか言わないの?」


「食い意地張った真弓に何言っても無駄」


「……だって、食べたいんだもん」


「時間的にも、パレードが始まる前に駅まで戻って来られる」


「うん、ありがとっ」


 砂夜と二人、というのは珍しい。思えば、砂夜と二人で街へ出るのは今日が初めてかもしれない。普段は未来がいるので日常の会話もスムーズなのだが、そういえば二人だとどんな話をすればいいのだろう。

 砂夜は相変わらずの仏頂面で、人混みを器用に避けながら歩いている。どうにも沈黙は辛いが、今日はハロウィン。歩きながら、色々な仮装の人がいるなぁと感心していた。

 やはり多いのはホラー系。というかゾンビ。ゾンビメイクのキットが売っているらしいし、服は作るというより壊すという方に近いこともあって、気軽にできるのだろう。次に多いのはアニメ系か。既製品を利用すればいいので、お金はかかるがこちらも手軽。

 もっとも完全にコメディ路線に走っている人や、女の私から見ても際どい服装の人もいて、街は混沌というほかない。


「ここまでじゃないけど、私たちも来年は、仮装とかしてみたいね」


「拒否」


「ええっ」


 砂夜に話を振ったが、砂夜は漢字二文字で否定した。未来は砂夜と二人で出かけることが多いらしいが、どうやって会話しているのだろう。思えば、四人でいる時も砂夜に向かって未来が一方的に話していることが多い気がしてきた。

 それを続けていると砂夜はどこかに食いつくことがあるので、未来はそれを拾って話を広げていた。

 というわけで、私も一方的に話してみよう。


「姫乃だったら、可愛い服が着られるから積極的にやりたがると思う」


「パリピって言うんでしょ」


「パリピ?」


「別にいい」


 教えてくれそうもないので、話題を変える。パリピというのは、後で一人になったら調べてみよう。


「でも、砂夜は仮装しても似合うと思うな。普段の服の雰囲気からして、吸血鬼とか」


「馬鹿にしてる?」


「似合うって意味。吸血鬼っていっても、可愛いキャラクターとか今なら多いでしょ」


「ならいい」


「姫乃は、何でも似合うかも。うーん、いつもは着ないから、ドレスとか着て欲しいかも」


「確かに、あいつは動きやすい服装が多い。無駄に動くから」


「……一言多いんだから。未来は、ベタだけどゾンビが似合うかもね。がおーって両手を上げたら、迫力ないけど可愛いと思うもん」


「想像つく」


 ここで、一旦話が途切れてしまった。

 姫乃ならさらに仮装の話で広げられるのだろうなぁと思うけど、私にはこれが限界。


「あんたは?」


「えっ?」


「真弓は何が似合う?」


 意外にも今度は砂夜から質問をしてきた。

 とはいえ、難しい質問だ。私服ですら自分に似合うものを探すのは一苦労なのに、仮装となると……。

 私はふと、どんな仮装の人がいるのか見てみようと、街行く人に視線を向けた。


「真里?」


「は?」


 砂夜が怒り混じりに聞き返してきたのも当然だろう。私の口にした言葉は、砂夜の質問に対して何の答えにもなっていないのだ。


「真里!」


 見間違いのはずはない。さっき見た真里と同じ。私の記憶の中の真里と同じ――。

 だから、それはおかしいんだって。

 私の中で、誰かの声が聞こえた。まばたきの後に、もう真里の姿はなかった。


「真弓、あんた変」


「ごめん、やっぱ今朝見た夢が後を引いてるのかも」


「早く用事を済ませる」


「うん、ごめんね」


「謝罪、しつこい」


 それが気遣いだと、私は分かっている。けれど、このざわついた感情をすぐに整理することもできず、私は胸の前で思わず手に力を入れていた。

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