しずくのおと - the someone’s dream of Halloween -
@akeoshinohara
第1話
「げ。真弓、こんなところで何してるの?」
私の顔を見た桜木砂夜は、露骨に面倒そうな顔で声をかけてきた。
友達なのだからそんな顔をしなくてもいいのにと思いつつも、私は相変わらず砂夜らしいなと微笑んだ。
私たちが鉢合わせたのは、渋谷駅の改札口だ。私が出ようとしたところで、砂夜は入ろうとしたところ。
「笑うのはおかしい」
砂夜はため息をつくと、いつも通りに短い言葉で私の笑顔に応えた。
「だってその質問、私もしようと思ってたもん」
「回りくどい。大体、受験生が渋谷に遊びに来ていいわけ?」
「もう、受験に関係あることだよ。欲しい参考書の在庫がここの本屋さんにしかないって言うから、渋谷まで来たの」
「意外。それなら、あいつと一緒かと思ってた」
あいつというのは、恐らく私の親友、多摩川姫乃のことだろう。確かに砂夜の言う通り、私が出かけるときは大体いつも姫乃と一緒だ。だから砂夜がそう思うのも頷ける。
姫乃、砂夜、私に未来を加えた四人で、いつものメンバーということになる。
「姫乃も勉強で忙しい時期だし、今日は誘わなかったの。せっかく遊ぶなら、ちゃんと時間をとっていっぱい遊びたいし」
「真弓まで姫乃みたいな思考回路になってる」
「いつも一緒にいるから、似てくるのかな?」
「砂夜に聞かないで。それにその理論だと、砂夜もあんたたちみたいなのほほんとした考え方になりそうで、嫌」
私は苦笑いをしながら、改札を出た。砂夜はパスケースをしまって、私と同じ方向へ向き直った。
段々、砂夜が何を思っているか分かるようになってきた。私に付き合うと、砂夜はそう言いたいのだ。
「勘違いしないで。変な参考書を買われても真弓の勉強を見てる砂夜が困るから、だから」
と、まあそれも事実なんだろうけど、ということを砂夜は言った。
「うん、まあ……」
私は砂夜に対して、曖昧な返事をした。それは、姫乃を誘わなかったもう一つの理由のせいでもある。
気分転換がしたかったから、だ。一人でお散歩でもして、落ち込んでいた気分を晴らしたかった。何故暗い気持ちなのかといえば、それは今朝の目覚めに原因があった。悪い夢だ。
その夢は、十歳そこそこの少女がバックしてきた車に轢かれて命を落としてしまうというものだった。白いワゴン車だったと思う。状況は分からないが、人混みに立ち往生した車が反射的に後方確認をせずにバックをして、少女をタイヤに巻き込みながら轢死させた。
人が死ぬ夢というのは、稀に見ることがある。夢占いでも人が死ぬ夢というのが取りざたされるくらいだから、世間的にも珍しい内容ではないのだろう。だが、私にとっては単なる交通事故の夢ではなかった。
轢かれた少女は、私の妹――中延真里だったのだ。
もはやあり得ない可能性だ。真里は五年前に、もっと別の理由で命を落としてしまっている。その後、私は奇跡ともいえる運命の果てに、およそ四か月前、本当の意味で真里とお別れをした。
だからといって、夢を夢と割り切ることはできない。私にとっては、その瞬間に気分が落ちてしまうに十分過ぎる悪夢だったのだから。
「真弓?」
「ああ、ご、ごめん」
砂夜に呼ばれて、私は意識を現実の方へ向け直した。一人で歩きたい気持ちもあったが、砂夜の気持ちを無下にすることもできない。
「じゃあ、行こっか」
「きゃっ!」
駅から外へ歩き出そうとしたとき、私は足元に何かがぶつかるのを感じた。同時に、小さな悲鳴も。
「ごめんね」
「ちょっと、ぼーっとして」
私が反射的に謝ると、砂夜が追い打ちをかけるように私をたしなめた。声からして、私がぶつかったのは小さい女の子だろう。勢いからしてぶつかってきたのは女の子の方だが、相手は子供なのだから、私がよけてあげなくてはいけなかった。
私はもう一度きちんと謝るため、視線を下に向けた。
思わず、息をのんだ。
黙り込んでしまった私を、砂夜が肘でつつく。早く謝れ、ということだろう。しかし、私の口から出てきたのは全く別の言葉だった。
「真里?」
砂夜が何か言っているが、私はすっかり聞こえなくなっていた。
群青色の外套に、私と同じ青色の長い髪。それは紛れもなく、私の妹――真里の身体的特徴だ。
誰かが何かを言っていることだけは分かった。だがもう、私の視線は真里に釘付けだ。
「どうして真里がここに……」
無邪気な笑顔。それは、あの日私が失った笑顔そのもので――。
「いい加減にして」
その瞬間、視界が真っ白になり、すぐに戻った。
視界が戻ったとき、そこに真里の姿はなかった。目の前にはお姫様の格好をした少女と、こちらに向かって頭を下げている女性の姿があった。
私はようやく状況をつかみ直した。女の子とぶつかってしまい、転ばせてしまったのだった。
「ごめんね。怪我はなかった?」
「ないです。大丈夫です。私も、ごめんなさい」
少女はそう言うと、ぺこりと頭を下げた。お姫様の衣装に合うように髪はまとめていて、喋り方も、真里とは似ても似つかない。年齢と身長は近いと言えるが、それだけだ。
私は傍らのお母さんらしき女性にも謝罪をした。しばらくして、二人は、街へと向かって行った。
どうして私は彼女を真里と誤認してしまったのかという疑問だけが残っていた。
「真弓、ちゃんと寝てる?」
「えっ、あ、うん……」
砂夜は心配そうな表情を私に向けた。そう思うのも無理はないだろう。砂夜もまた、真里と真里にまつわる事件のことを知っている。
そんな真里の名前を見ず知らずの少女に対して口にしていたら、おかしいと思わない方がおかしい。
「大丈夫。今朝、変な夢を見ちゃって、それを思い出してたからかも」
私は隠さずに、今朝見た夢のことを伝えた。これまでも、何度か真里の夢を見たことはある。その延長だと思えば、今日が別段特殊なわけではない。
睡眠時間でいえば、きっちり八時間とっていた。
「そう」
そのことを伝えると、砂夜は一応納得をしてくれた。とはいえこのままでは砂夜は私を心配しっぱなしだろうから、話題を変えることにした。
「そういえば砂夜が渋谷にいた理由、まだ聞いてないよ?」
多少強引かもしれないが、砂夜はため息をついてから、答えた。
「どうでもいい」
短く答えた砂夜が、レコードショップのショッパーを持っていることに気付いた。
「CD? そっか、前に砂夜が追っかけてるsilky strawberryのアルバムが出るって話してたっけ? いんでぃーず……だから、普通のお店では取り扱ってないとか、言ってたような」
「追っかけてない」
「でも、曲は好きなんだよね?」
「文句ある?」
聞き返した砂夜の頬には、かすかに紅が差していた。
「さっさと行く」
「うんっ」
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