雨・花・ところ


疲労をひた隠し、墨が街を覆っている。

みちとせの山々に文字を書き

コンクリートの多いみちに文字を書き

河にゆけば、蕩けて、樹に吸われ、母の下に潜る。

人の思考に千古の涙として文字を書き

風ゆけば、禍として雨の字は今立たん。


字の数の大きは、思考の数に追随し

惑う我々を辞書や種々さまざまからなる知識はわろうて

真っ黒か真っ白に生れと云う

真っ白に生れれば幸せなことだろう


糸雨しうに眼鏡の金具が削れては

小さなはなびらがほろほろと身体に流れている

その兇暴さはいつとしも、いつとしも。


(窓辺から観た雨より、荒れた緑の蔦を悲しく観て)


地と云う愛の中で只沈む。

没する、没する、欲のかなしみ

コーヒーの汁を白紙にたらす、苦き風味

継ぎに墨を、ばくのようにたらす、引かれていく線

赤い線、黒い線、皆してしきの無い、じつの無い線


鳴かずば突つかれまいとして、線引く人は反響させてゆく

いつもそれを聞いている

一つ消え、また一つ消え、触れた己にさえ消え

万と数える色彩さえ無い

ふらふらとかなしいなあ、せつないなあ


(ペン・個)


植物か物言わぬ魚のみを育てて終えば、慰みには成るのだろうと考えた。

文字の中に沈み、其処で生きていきたいと云うのに世間は然うともいかないのだ。

自らの空間は黒い眼に脅かされるのだと。(眼)


只の人からうまれしものなら、人らしくあれ。

魚も、森も、河も、花も。

では、樹からは如何するのだ?


(「楼閣にて」より「童」、一節)


雪にくらんだ日の色は、触感と生りて刺している。

じくじくと、何処かの深海魚の如く

不調はおろそかにした部位から悖理はいり

虫の様に駆けずり回って、暮れ初めにししむらを見世、

玻璃の痛ましき指を冷沁ひやしみ水に染め上げ

あかがねの大地から牡丹を咲かせる

ひすがらに切れた蜘蛛の糸

逆向いた、憂す絵にだくだくと

一本一本、あわれな腔から髪を掻き乱し、牡丹を万朶にさせている。


(スランプ・牡丹)


書かなくては成らない

女の色、髪、柔らかさや

花の弁、立ち姿、香りや

人の情、指、足、其の神童のように

絞るように、途をととのえ

つぐみきった口の中から発せられた言霊を

書かなくては成らない

削るように、途をととのえ、弱々しく執らず書け


(書くところ)


花が咲いた、花が咲いた。

可愛がろうとして白山茶は人に生った

眼の露は如何なものか

褪せた瑞枝のように語らず


(途中まで。山茶・鳴く人)


「なみださえ」と書いて、其れを何百も繰り返していれば、「なみだ」の「な」の字と成って、零れるようになれるかも。


鏡取り、能う限りのチャンネルに返る。

誰が歪むか、歪まないか。朝は鏡の時間也。

九九まで、鉢割るのか。割らないのか。


(涙、鏡を書き)




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