没一節

東和中波

秋・春・冬・その他

彼女は絵筆を握りしめて、折った。彗星のように燃え尽きるくらい、費やした。

「もう書きたくない、閉じ込めて、焼いてしまいたい」

一足の葦は揺れて、ただ単に佇んでいた。

(没の一節・絵筆、彗星)


自分を無くし、「孤客」になって削りたまうか、自分のあるがままに自分を洗練させるか。

(没の一節)


六勺の華と雪が、「うつくしきものの最足らずや」と云わんばかりに誇って咲いている。この空間は思うよりも広い。ぼやけて見える、余りある牡丹と粟立ちは豪奢に見える。

「凝らして、違う庭を見れば違うものが書ける」と云うなら、そのよがりを誰かにやれと思う。

(没の一節・冬・花・六勺)


自分の狂気が分かれば、其れで良かった。慈悲もなく、助くることもなく、「なんて!悲劇的なのだろうか」と叫ぶだけで満足するのが抒情に通じる詩人みたいだ。詩人みたくならなくてよろしい、我々は一個大隊の兵隊。常々、こんなにも熱情が溢れなくてよろしい。

(没の一節)


蔦の枯れた後を見て、自身の手をじっと見る。赤金あかがねのひび割りのさみしさ。右肩にずっしりと重みの残る鞄、残留する腰痛。

月歩を繰り返す、屹立するビルを見れ。あれは実の亡き実

(没の一節)


トリュフなら其処に生えていると思いながら、山の土を嗅ぎ掘ると、もうツチグリの色は浪漫の無い色に変色していた。

岩手の松林の恋しさが身に迸るので、近くの一本の松に寄り掛かった。側の銀杏も芳しい匂いになったろうと、黄の穂を揺らしていた。桜は厳冬からか何も言わずじまい。来ん、来んと冬が来ん、来ん、と扉を叩いて居る。オロロイナかコロポックルか、どちらかに捧ぐる松毬と小さな葉と団栗のビスケットを窓脇に置いた。

チセの軒先に、また来ん、来んとたくさんの冬が来ん。

(没の一節・冬・アイヌ語)


金魚は、溶けるのを待つ。ランチュウはそれを知らずと言うふりをして、金魚が哀れにも水の一部となるのを笑い声を水の泡を吹かしては見ている。金魚は「たまらしく、中身の無い、実であればいいの。いいわ、仮令、私が中身の無いだとか、相応のだとしても」とランチュウに向かって言った。

(没一節)


馬車道を行った。サナトリウムがもうすぐ見える。彼女は白が突き抜けた膚になにを思うのか。おっかなびっくり歩む自身か、それとも末路的に溶けてしまいたくなるか。

溶けてしまえば、苦悩からは脱するだろう。忌々しい事柄も、薬品の匂いも。葡萄酒を呷る。体が熱くなり、火照った。

(没の一節)


秋の讚美は団栗や、華や、色に。涙ばかりが貴きと嬉しく流すのは、良薬に使われている苦味の草を食むようで、甘いものとは縁がない。

(没の前置き)

美を求めて、食まなければ食材は全てが棄てられてゆくものだ。嫉妬も食めば、嫉妬にもなるだろう。

(没の前置き2)


「さようなら」と李氏に告ぐ、離れなくては為らない。ホームには巻上げられたあめつちの豊潤な香り。混じる、けぶたい煙草の匂いは全てがミントの香水に置き換わってしまっていた。李よ、李氏よ。第一に、二に、言葉を取り交わしてや呉れまいか。

あめつちは顔面に降りしだいていた。

(没の一節2)


「後悔させていかないのはどういった人物になるのだろう乎。天主?魔王?

二つ選べるなら、魔王が良い。それも口をつぐんだ、麦畑出身の農夫の出で立ちの。」

(没の一節)


春のうららの風が頬と鞄を掠めて、満開の下を闊歩する。

酒に溶けゆく花びら。忍野八海の水面の白峰。游いでいる水草と黒々とぬめる鯉。

酒を呷り、蚕の繭のごとき、しらふゆの月に吠える。霞の遠い空にただ郷愁を思うばかり。

(前置き文、春。目の前にあった桜の木と酒を見て。)


枝下や、水墨のあめつちの苦さ、風のがらんどうさ。

つちを咥えて流るるはたっとき涙か。あめを飲んで流るるは別れのつらみであろう乎。風を受けては面影ばかり残る神童か。

全ての華や、少女や、柔かさ、鋭利さをあめつちの苦さにくくりつけろ。

(一節・台風、少し詩的)


そう。血痰だった。彼のワイングラス、其の中身と云うのは血痰だった。彼はワイングラスを以てして、生き様を忘れるなと云ったのである。爛爛と輝いた眼にわたしが焼き付く事も無いだろうな、なども全て含め於いての事だろうさ!

(血、生きる人、忘れないこと)


背を打つ波間に、揺られている。人々は堂々巡りを闊歩していると云うのに、何も遺らず、帰さぬつもりである。特に良さそうな愚直なひと程然うしたものから抜け出したくも成り、

(波間、人)


けぶりの少ない街柄になってしまったものだよ、と路上を見た。紫色のけぶりたちは随分奥に悲喜こもごもと上げているのだ。

涅槃の香りもそよそよ、そよとせず、コンクリートがむなしさを覚えるのであった。

(煙草)


しらふゆの月は顔を覗き込む。富士の高嶺を日は燦々としてかがよう、白砂を花と思へ

(没の一節・雪花)


台風に隠れた月も観ておきたいと、思い乍ら窓辺に身を寄せるも、ひさかたの手紙を待つ様でありました。

(一節・台風・月)


霊を震う。口から出て、名も付けられずにただの魂として霊を震う。千化し万化し、墨が仮令枯れても尚。恥じらうことをしつつ、立ち上がり振り返り、ころころと鞠の様に転んで文字の発せられる声を届けにきたのだ。

霊を震う。口から出て、名も付けられずにただの魂として霊を震う。玉の緒を苦しみつつ、大量に、身を捨てる薮も知らず。純朴な河のせせらぎも恋しくも成る。

振る先に何があるか。

(一節・言霊)

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