★22時30分

 そんなミサの願いはつゆ知らず、異世界で列に並ぶノア。


 サイン会は整理券が配られるほどの大盛況でした。ノアが番号を配るコウモリから紙を受け取ろうとしたところ、この世界の住人ではないノアは無下に拒否されてしまいました。けれどハンプは整理券がもらうことができたので、付き添うとして列に並ぶことができました。


 整理券を受け取ったハンプはじっとノアを見ていました。鎧で見えませんでしたが、得意満面であったのは間違いありません。


「しっかし、ウィルって野郎は大人気なんだな」


「そうだね。この世界では三本の指に入る有名人だね」


「人間界にも逸話が届いているくらいだしな。あ、逸話で思い出したわ。ダチの教科書の偉人に勝手に落書きしたことがあったっけ」


 日長にハンプと雑談しながら待っていると、列は確実に前進していきました。そしていよいよ彼らが舞台に上がる番。無数のコウモリによって妨げられていた階段が解放され、二人はウィルがいる壇上へとのぼっていきます。


「おや、おまえたちは」


 ハンプはウィルに尻尾を振って近寄っていきます。


「ウィルさん、あなたの演奏のファンです。握手してください!」


「やい、ウィル。良く聞けよ」


「うわぁ、ありがとうございます。ウィルさん。ぼく、もう一生手を洗いません」


「うるせぇ、ハンプ」


 憧れの人との握手にはしゃぐハンプにお口のチャックをさせ、ノアはこの世界に連れこんだウィルと無言で対峙します。ウィルはじっとノアの表情を見つめたのち、ふっと息を吐きました。



「ずいぶんと表情が凛々しくなったな。罪の告白は済んだか」

 そうなのです。じつは壇上にあがる直前の告白により、罪を示す赤い炎がちょうど零になったのでした。


「ああ。これで良いんだろう。それと」


 ノアはすこし後ずさって栗色の頭を下げた。


「乱暴なことをして、すいませんでした」


 いきなりの反省の言葉に、ハンプは驚きました。ウィルは頬杖をついていましたが表情は笑っていました。


「すこしは謙虚さを取り戻したようだな」


「大切な奴を傷つけることは、もうしたくないんでね」


「殊勝な心構えだ」


 ウィルはそう言って呪文を唱えました。すると眼の端にちらついていた蒼い炎のカウントダウンは消滅しました。


「おまえをこの世界へ招待する計画はキャンセルされた。日付が変わるその瞬間、おまえは元の世界に戻ることになる。それまでに、せいぜい別れを惜しむことだな。さて、次の客を壇上させろ」


 ノアたちはこうして壇上から下りると、ハイタッチしたあとに抱き合いました。こうしてノアは無事、もとの世界へ戻ることが約束されたのでした。

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