☆21時

 そして所変わって、ミサがサイコロの出目に落ち込んでいる場面。


 残念がっているミサのところに、なにかが光の帯を伸ばしながら上空から接近していました。そしてそれはサイコロを投げた入れ物の上にずどんと落ちて、激しい音を響かせました。


「きゃあ」


「これは」


 パッヘルベル老翁さんとミサはなにが起きたのかと、驚きの眼でたがいに見つめ合います。そこにあったのは、左下がひしゃげたジャック・オ・ランタンでした。まるでなにかに殴られたようです。


「これはまた、面妖な」


 パッヘルベル老翁さんがしげしげと見つめていたときです。老翁さんの後ろに大量のコウモリが集まってきて、そこに人型が浮かびました。姿を現したのはコウちゃんを肩に乗せたウィルでした。魔法で刻を止めたようであたりの空間はグレー掛かっています。パッヘルベル老翁さんは身じろぎ一つしません。


「ご苦労でした、お嬢さん。報酬が集め終わったようです」


「そうだったんだ。あの、これ」


「ああ。ここに飛んできていたのですか。いやいや、ひどいものです」


 ウィルはまるで自分の子供を慈しむように、壊れたジャック・オ・ランタンのへこみを愛おしそうに撫でました。なんだかその仕草にミサの胸は詰まってしまいます。それで言いました。


「あの。その壊れたランタン、私がもらっても良いですか」


「本当ですか」ウィルの声は弾けました。

「やはりあなたは素晴らしい人です。いやはや、あの聞かんたれの子供を手なずけるのは骨が折れそうです。けれどすこしは反省したことでしょう。ちょっと待ってください。いますぐ使えるようにしますね」


 ウィルは壊れたジャック・オ・ランタンに向けて、なにかを呟きました。そしてバスケットボールのように人差し指のうえで回してみせます。そのあとでぴたっと掌のうえで止めてみせると、ひしゃげた部分が修正されているではありませんか。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 ウィルが手渡してくれたランタンを受け取りながら、ミサは尋ねます。


「結局、私の願いって」


「それはいずれ分かることでしょう。それでは、これから演奏会の時間ですので、お別れの挨拶を。楽しい夜を」


 ウィルは背中で待機していたコウモリたちになにかを命じました。すると彼らはたがいの羽を繋いでブランコのようになりました。そしてウィルはその真っ黒なアーチにまたがると、ぷかぷかと浮かんで夜の闇の向こうへと飛んでいきました。


「バイバイ、ウィル。コウちゃん」


 ミサは手を振って彼らを見送りました。そして彼らが見えなくなった後、凍りついていた世界の時間はふたたび動き出すのです。


 ミサは眼をぱちくりさせるパッヘルベル老翁さんにお礼を言って、辞去の挨拶を告げました。


「楽しい催しをありがとうございます、パッヘルベル老翁さん。私はこれで」


「待ちなさい」


 老翁さんはなにやら、サイコロの入れ物を覗きながら手招きしていました。どういうことかなと、そのなかを覗いてみますと、さきほど1、6だったサイコロの目が変わっているではありませんか。それも4のぞろ目が揃っているのです。


 じつはジャック・オ・ランタンが机に落ちた衝撃でサイコロがもう一度振られて、4のぞろ目が偶然にも揃ってしまったのです。


「これって」


「大当たりじゃ!」


 パッヘルベル老翁さんは手元にあった金色のベルを鳴らしました。そして机の端に伏せられていた紙をめくります。


「1位は地球一周旅行の旅、2位は家で、3位は車じゃ。そして4位はというと」


「4位は」


 固唾を飲むミサに向かって、にっこりとパッヘルベル老翁さんはにっこりと笑いかけました。


「最新型の冷蔵庫じゃ」

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