☆幕間★
その頃、街では着々と準備が進んでいました。
秋の長夜に開催されるハロウィンは、この田舎街のもっとも大きなイベントです。赤煉瓦で作られた家々は幾重もの色にライトアップされ、今日だけは目立ったもの勝ちと陽気に歌っています。
街路樹には怪しげなレースが施され、メープルの蔦が電柱という電柱をつなぎ、ガイコツの模型が雑貨店やパン屋さんの軒先に並びます。キャンドルは銀の燭台に乗ってストリート沿いに設置され、街を眠らせないのです。
そして太陽が西の稜線に没すると、ついに街は別世界に生まれ変わります。その風景は圧巻で、このハロウィン見たさにヨーロッパ中から観光客が訪れます。
不夜城のように盛りあがる街を、お化けの格好に扮した子供たちがお菓子を求めて練り歩きます。今日だけは夜遅くに出歩いていても、咎められることはありません。口酸っぱく注意してくる大人たち自身が、秘蔵していたお酒や珍味を引っ張りだして、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしているからです。
この街のハロウィンの魅力は、ほかにもあります。
先ほどノアの悪友たちが口にしていた、パッヘルベル老翁さんのサイコロ振りです。
自他ともに認める大富豪であるパッヘルベル老爺さんは、この街を見下ろす丘にお城のような家を構えています。けれどそれ以外のことはだれも知りません。お城にはだれが住んでいるのか、なぜそんなに大金持ちなのか。普段はなにをしているのか。とにかく謎のヴェールに覆い隠された人物でした。
けれどハロウィンのときの行動は、大体以下の通りになります。
パッヘルベル老翁さんは自分の家の敷地で子供たちを待ち構え、やってきた子供たちの仮装に独断と偏見で評価を下します。老爺さんのお眼鏡に叶った子供だけが、2つのサイコロを振る権利が与えられるのです。
ただし挑戦できるのは一度だけ。そこで見事ぞろ目を出すことが出来れば、数字に見合った特別な景品をもらえるのです。
あくまで噂ですが、かつて2のぞろ目を出した子供がいたそうです。翌日、その子のもとに鍵が入った封筒と新築の家を記した地図が送られてきたといいます。そういう前例を耳にするにつけ、子供たちはぼくもわたしもと期待に眼を輝かせ、より奇抜な仮装を施していきます。
こういう経緯もあり、子供たちの仮装がなかなか凝っていることも魅力なのです。
そして、ここにもう一つ。
この街のハロウィンに古くから伝わる言い伝えがあり、もっぱら男子だけに口伝されてきたものがありました。その迷信とは、ハロウィンが終わるまでのあいだに、気になる異性からある物を受けると、その恋は成就するというものでした。
そして、これから語られるミサとノアの物語。
それはもしかしたら、男子の邪な心に引き寄せられた魔が引き寄せた悲劇、あるいは喜劇なのかもしれません。
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