最終話 雨上がり

「本当にごめん!」

 何度目になるか分からない言葉を口にして頭を下げる。

 昨夜はどうかしていた。雨にさらされ、文字通り頭を冷やした僕は、翌日部活を早退して君の会社へと向かった。

 昔君と一緒に遊んだちびっこ公園。会社から駆けてきた君を誘い、今では閑散としているこの場所へと赴いたのだった。ベンチに座っていた君は、苦笑して云う。

「そんなに何度も謝らないで。せっかくあなたが私の誕生日を祝おうとしてくれたのに、電話一本さえ入れなかった私だって悪いんだから」

「けど……」

「いいから座って。これ以上謝ったら口きかないわよ」

 そう云われて君の隣に腰掛ける。だからといって後悔が消えたわけではなかった。

「ねえ」

 君は云った。

「ありがとね、誕生日プレゼント。すごく嬉しかった」

 ハッと横を見ると、首にかけたそれを愛おしそうに指で撫でているところだった。

 青い花。

 ノジスミレの花をあしらったネックレスは、とても君に似合っていた。

 君は青い花びらに視線を落としたまま続ける。

「私ね、ずっと不安だったの。大の大人が遊びたい盛りの高校生に家事なんか押し付けて、束縛しているだけなんじゃないかって。無理させてるんじゃないかって」

「そんなこと……!」

「いいから聞いて。……あなたの周りには若くて可愛いつぼみがいっぱいいるだろうし、話もきっと合うでしょう。そしたら私や母さんの存在はただあなたの足かせにしかならないんじゃないかって、悩みだしたらキリがなくて……。ずっと同じ場所をぐるぐるしてた」

 そこで君は言葉を切り、身体ごと僕の方に向き直った。

 この後に続くのは決別か。それとも……。僕はごくりと唾を飲み込んだ。

「だけどね。私はあなたにこれからも傍にいてほしい。……いいえ、あなたの傍にいたいの。あなたに好きな人ができたら潔く退こうとは思っているわ。……ううん、やっぱり『潔く』はムリ。醜く嫉妬して追いすがってしまうかもしれないわ。だって仕方ないでしょ? 十三年間もあなたを想っていたのよ。今更忘れられるわけがないじゃない」

 ぱあっと目の前が開けたような気がした。

「もう二度と私の前からいなくなったりしないで」

 その一言に胸を突かれる。これが君の一番の本音に違いなかった。

「じゃあ、ずっと僕たちは同じ気持ちだったんだ」

 口からぽろりと言葉が零れ落ちる。ぱっとこちらを見上げてきた君の目を真っ直ぐに見つめた。

「僕も君が好きだ」

 それだけしか出てこなかった。

 こういうのは男の方から云うものだと思っていたし、実際そのために君をここに誘ったのだ。女性に先を越されて何も思わないのか、と云われたらやはり悔しかった。

 でも。

 君の穏やかな表情を見て思う。余計な言葉はいらない。君が本当に欲しかったのはただ一つの言葉だったのだ。

 君が笑う。遠い青空に虹がかかる。

 雨上がりの虹の下、君と僕とで歩けるだろう。

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青い花 遠山李衣 @Toyamarii

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