第5話 13年越しの想い

「小辻さん、おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

「やあやあ、みんなありがとう」

 小辻さんが大きな花束を手に社員に笑顔を振りまく。だいぶ周りから人がはけるのを確認してから、私も小辻さんに近づき、祝いの言葉を述べた。

「小辻さん、副社長就任おめでとうございます」

「ありがとう。といっても四月からだからまだ先だけどね」

 小辻さんの専務から副社長への昇進が決まり、ちょうどみんなで言祝いでいたところだった。

「でもこれから小辻さんがいなくなるなんて、寂しくなりますね」

「君がそう云ってくれるなんて嬉しいな」

 そう、昇進に重なり、本社ビルの方へと異動になったのだ。あのルックスに仕事処理能力の高さ、おまけに冗談も通じるムードメーカー的存在の小辻さんの異動を惜しむ女性社員は多い。

「なら……君も俺と来るかい?」

「は?」

「俺と結婚してついて来る気はないか、と聞いているんだよ」

 正面から私を見据えてもう一度云う。小辻さんの目に冗談の色は窺えない。

 勿論私たちの間で噂が立っていることは知っていた。実際会話も少なからずしていたし、社員食堂でお昼を一緒するなんてことはザラだった。そういう風に思われていても仕方がないのかもしれない。

 本気で云ってくれているのが分かるから、私も相手に向き直ると、

「すみません、行けません」

と云って、深々と頭を下げた。

 小辻さんはしばらく黙って私の頭のてっぺんを見ていたが、やがて押し殺したような声で云った。

「理由は……彼かな? 高校生の」

 私は驚いて顔を上げた。小辻さんは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。

「君がいつも退社後すぐに帰宅するのが気になってね。こう云うと、ストーカーみたいで嫌なのだが、君の後をつけたことがあるんだよ。それで……」

 二駅先で私が彼と並んで歩くのを見たのだという。小辻さんがそんなことをしていたと知っても、不思議と腹は立たなかった。

「他人が口を出すことではないと分かっているが、彼との交際はどうかと思うよ。まだ学生だし、精神的にも経済的にも自立はもっと先だろう。今はいいかもしれないが、彼がいずれ同年代の女性を好きにならないとも限らない。それで……」

「それでも」

と、そこで強く小辻さんの言葉を遮った。云っていることは全て正論だ。私だって何度も同じことで悩んだ。

 それでも。

「それでも私は彼が好きなんです」

 自分で云っていて、言葉がすとん、とあるべき場所に落ち着くのを感じる。

 それが伝わったのだろう。小辻さんは表情を和らげた。

「そうか」

 そして窓の外を見下ろす。

「行っておいで。彼が待っているよ」

 慌てて窓辺に駆け寄った。すぐに私の逢いたい人を見つける。

 挨拶するのももどかしく、駆け出す私を小辻さんは呼び止めた。

「彼を待つのに疲れたら、本社ビルに来なさい。俺なら君を幸せにできるよ」

 足を止めて振り返る。迷いない言葉が微笑みと共に真っ直ぐ飛び出た。

「大丈夫です。私、もう十三年彼を待っていますから」

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