第4話 忘れていた誕生日

 玄関の扉が閉まり、彼の足音が完全に聞こえなくなって、やっと息をついた。

 身体はいまだに震えている。手首もジンジンしている。きっと赤くなっているだろう。

 自分でも飲みすぎてしまったと思う。いつものように飲み会の誘いを断ろうとしたのだけど、それを見ていた小辻さんから「たまには付き合ってあげないと、人間関係ダメになるよ」と忠告を受け、なるほど正論だと思い、飲み屋に顔を出したのだった。

「うう……。頭がガンガンして気持ち悪い……」

 冷や水を飲みたいと思い、キッチンの電気をつけた。

「えっ……」

 頭の痛みが消え……ることはなかったが、一瞬忘れてしまうには充分だった。冷や水を飲むのも忘れ、それらに見入る。

「全部、あの子が用意してくれたのよ」

 振り返ると、いつの間に降りてきたのか、母さんが立っていた。

「お誕生日、おめでとう」

「ありがとう、母さん……」

 母さんはハンカチで優しく私の頬を拭ってくれた。

「あの子も朝から張り切って。ずっとあなたが帰ってくるのを待っていたのよ」

 母さんはそう云って、ひしゃげてしまっている水色の小箱を私に手渡す。さっき、彼が床に叩きつけたものだ。箱を開いて、目を見張る。

「今度逢ったら、ちゃんとお礼云えるわね?」

「うん」

 痴呆が入ってしまっている母は、きっと小学生の頃の私と混同している。それでも私のことを想ってくれているのはこの微笑を見れば分かった。

 素直にうなずくと、母をテーブルに促し、すっかり冷えてしまったけど世界で一番美味しいに違いない手料理に手を伸ばした。

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