百日紅中学図書委員のお話

山西音桜

イケメン先輩とひばり君

 中学生になってから、なんとなく図書委員になって、すぐの時だった。同じクラスの男の子の二人が、多分その日の出た課題のために図書館に来ていていて、それで会話は聞き取れなかったけれど、大きい男の子が華奢な男の子の方を本棚に押し付けて、声を荒げた。

 図書室に流れていた静寂が、かき消された。

 運悪く先生は、校内放送で呼ばれ、職員室に行っていて周りの人はもちろん見て見ぬふり。

 図書委員として、これは注意しに行くべきだろうか。でも、相手の男の子は、気が強そうだし、クラスで威張り散らしてる人だ、そんな人に注意なんてしようものなら私の中学校生活がいじめを受けるスタートを切ってしまう。

 戸惑いがちに彼らを見る人たちが数名いて、勉強をしていた生徒たちが一人二人図書室を出ようとした頃。図書室の中に、一つのよく通る声が、声を荒げた男の子を制止させた。「ここは図書室だ、静かにしろ」みたいなことを言った。


 図書室は、静かに。


 多分世間一般的にそれは常識として浸透していて、注意したよく通る声の人、多分上級生らしい人は注意された方の大きな男の子を見送ると、今度は華奢な男の子を連れだって、出て行こうとして、一歩踏みとどまった。


「ちょっと待ってろ」


 と華奢な男の子を入口で立たせて、そそくさとカウンターの方に向かってきた。


「これ、貸出お願いします」

「あ、はい」


 あんな事件みたいなことをしておいて、この人にとっては大したことをした自覚はないんだな。とその時は思った。その人の借りて行った本は「雑学王」みたいな本だったことは覚えてる。


「雑学……?」


 が好きそうには見えなかった。

 その人は、背が高くて、長い前髪の下には整った顔立ちをしていたけど、どこか暗い目をしている。雑学なんて到底興味がなさそうな人。


「何?」

「いえ」


 貸出手続きを済ませる。

 2年B組 そらじま、るい。それがよく声の通るイケメンさんのクラスと名前だった。だけど私は「そらじま」を「空島」と脳内で変換してしまっていて、すいませんどんな字ですかと問いかける。先輩は、「ああ」と納得したように、


「宇宙の宙に、島は普通の山がついてない方の島。それで宙島」


 さっきより少し低い声でそういった。ちょっと嫌だったのかもしれない。

 私が知らないだけで、宙島ってありふれた苗字だったのかも。


「すみません、漢字、疎くて」

「いや、知らない人もいるもんだと思って」


 この人は有名人なのだろうか。入学したてとはいえ、そんな有名な人のこ

とも知らないなんて恥ずかしい。

 そんなことを思いつつ、イケメン先輩のカードを探し、先輩に差し出す。


「こちらに書名を……って先輩に要らない説明でしたね」

「いや。しっかり仕事をすることはいいことだと思う」


 カードに鉛筆を走らせて、書名と日付を書き終えたらしい先輩がカードを返してくる。


「じゃあ、頑張って」


 頑張って。

 図書委員になって初めて言われた言葉だ。

 なんか、嬉しい。


「ありがとうございます」


 

 それから、週に二回の放課後図書室開放日に、図書室でイケメンな先輩と華奢な男子のクラスメイトは会っていた。気の合う友人となったようではあったけど、話すわけじゃなく、ただ図書室に来て暇をつぶしに来ているようだった。それ以外の目的で来ていないのだろう。イケメン先輩はずっと本を読んでいて、その隣の席で華奢なクラスメイトは自習をするなり、雑誌を読んだりして暇をつぶしていた。


 図書室の正しい使い方だと思う。

 私も図書室なんて、本を借りに来るか、本を読みに来るか、お金を使わない暇つぶすための場所だと思っている。図書委員になったのだってただ、委員がいつまでも決まらなかったから私が立候補したっていうだけの話だった。そして最終下校時間になると、「今日どうする?」と宙島先輩が華奢なクラスメイトに尋ねて、それに対してクラスメイトが答えて帰っていく。それが決まりになってきた頃。


「貸出お願いしまーす」


 と、華奢なクラスメイトが一冊の小説を持ってきた。


「あ、初めてだから。カードください」


 そういわれて、私はカウンターの引き出しから橙色の新品のカードを出して、手渡した。


「ありがとう、松浦さん」

「あれ、名前」

「名札にあるから」

「あ」


 そうか、名札を見ればよかったのか。

 私は二か月経ってもいまだにクラスメイトの顔と名前が一致していない。顔は覚えているのに名前が思い出せないタイプで、今目の前にいるクラスメイトも、顔は知っているのに名前は知らない。そんな存在だった。


 胸元の名札を見ると「雲雀」と書いてある。

 読めない。


「はい、カード」


 書き終えたらしい、橙色のカードの名前の欄には、「雲雀祐樹」と書いてあって、「祐樹」は「ゆうき」なのかもしれないけれど、「ひろき」とも読めるからミスリードの可能性はある。


「なんて読むの、名前」


 率直に聞いてしまった。


「名前? ひばりゆうき」

「あ、ごめん。同じクラスなのに覚えてないとか、失礼だよね」

「ううん、いいよ。ボクの名前覚えづらいから。名字もだけど、ゆうきって結構いるしね」


 柔らかく笑う、ひばり君。

 あ、この子もよく見ると顔が整ってる。イケメン先輩とは別の意味で。宙島先輩は女の子が好きそうな「王子様」みたいなイケメンだ。でも、ひばり君はお母さん世代の人が好きそうな可愛いタイプの整い方。女の子みたいだなっていうと失礼かもしれないけど、私より全然可愛いと思う。


「ひばり君と、あの先輩って仲いいよね。しょっちゅう図書室来る」

「ここ、静かだからいいって瑠衣センパイが好きなんだ。ボクら家に帰ってもやることないからさ」

「部活とかはやんないの?」

「んー、やりたい部活ないんだよね」

「演劇部とか」

「瑠衣センパイ絶対いやがるよ」

「そうなの?」


 イケメンなのにもったいないなー。

 でも当番の度にイケメン見れるのも役得ではあるしなぁ。

 なんてバカみたいなことを考えながら、ひばり君たちが返っていくのを見送った。







 それから8年近く経過した。

 私は、とある男性アイドルユニットの握手会の列に並んでいる。

 去年、アイスのCMで二人の姿を見たときは心底驚いた。だって、中学時代、私がちょっと格好いいなと思っていた二人組がアイドルとしてテレビに映っていたんだから。


 大学の友達に話しても、やっぱりまだ駆け出しのアイドルなので「誰それ?」と言われてしまったけれど。イケメン先輩がドラマの主演もやったし、その主題歌も担当したから、多分これから人気が出てくると信じている。


「次の方ー、どうぞー」


 係りの人に案内され、私はひばり君の前に出る。


「あれっ」


 と、ひばり君は声を上げて、後ろのファンの方々が一瞬ざわめいたのに気付くと、わざとらしく咳払いをして、「今日はありがとうございます」って笑顔で言った。その表情はあんまり変わってない。

 私は用意していた言葉を、ひばり君に述べる。


「CM見てファンになりました。これからも頑張ってください」

「あ、ありがとうございます! また」


 握手する時間というのは短くて、時間にして30秒くらいだと思う。

 私は多分誰よりも短く、握手を済ませた。もっと惜しむなりなんなりすればいいのだろうけど、中学時代私は誰よりひばり君やイケメン先輩に接してきたのだからこれくらいで十分だと思う。


「あ」


 イケメン先輩の前に来ると、先輩も私に気づいたのだろう、先ほどまでの笑顔とは違って、少し驚いたような表情を見せる。


「こんにちは」

「今日はありがとうございます」

「CM見てファンになりました。これからも頑張ってください」

「そちらも」


 そちらも。

 私が図書委員になって、「頑張って」って言ってくれたのはイケメン先輩だった。そして、また私に頑張って、と言ってくれるのか。この人は。


「じゃあ、また」


 そういって、私たちは手を放す。

 本当に短い時間だったと思うけれど、私は満足していた。多分友達に言ったら「もっと話さなきゃ覚えてもらえないよ!」なんていわれてしまうのかもしれないけど、「頑張ってください」と一言言えただけで私は嬉しい。

 これからも彼らを応援していく存在がいると彼らが思ってくれるならそれでいいと、そんな風に考えてしまうのだ。

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百日紅中学図書委員のお話 山西音桜 @neo-yamanishi

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