紅葉の頃②
「もしもし?」
バクバクと音を立てる心臓に左手を当てがいながら美沙はスマホに出た。
「美沙さん?」
3ヶ月ぶりの篠田の声がする…電話で話すのは二度目。チビを飼うと決めた報告をして以来だ。
「はい」
声が震えてはいないだろうか?心配になる。
「ごめん、急に、元気にしてる?」
「うん。元気ですよ。篠田さんは?」
「元気…かな」
どうしたのだろう?美沙が初めて聞く頼りない声だった。
「あのね、、、ごめん、やっぱり大丈夫。ほんと急にごめんね」
「何かあったんですか?」
美沙が言いかけている途中で電話が切れた…。掛け直すべきかどうか迷った。明らかに様子がおかしかった。何を伝えたかったのか…。美沙には想像もつかない。掛け直しても、『大丈夫!ごめんね』を繰り返されそうな気がした。忘れようと努力した日々が一瞬で無駄になり、美沙の動揺と心配が混ざり合い心臓はうるさいくらいに高鳴っている。篠田に何があったのだろう?『大丈夫』とは?
もう、関わるのはやめなさい。という自分と心配だから理由を尋ねなさい。という自分がいる。スマホを見つめて、思案するがなかなか答えは出なかった。
土曜の午後、高校時代からの親友、真由と映画に行く約束をしていた…待ち合わせの時間が迫っている。篠田の事は後で考えよう。余程の事ならまた連絡があるだろう。言い聞かせて出掛けてみたが、真由が見たいと言ったハリウッド映画の内容など頭に入ってくる余地もなく、篠田の事が気になって仕方なかった。
「…美沙、大丈夫?なんか、上の空」
「ごめん。少し頭痛がしてて、今日はこれで帰るね」
「風邪?映画館の中、寒かったからかな?」
「うん。風邪じゃないと思うけど」
「薬飲んで休みなよ」
「ありがとう。ごめんね」
真由に嘘をついた。篠田の事は言っていない。真由にも他の誰にも。完全に吹っ切れたら笑い話にしようと思っていた。実のところ、今日話そうと思っていたが先ほどの電話でまた遠のいたかもしれない。家に戻り、着信履歴に残る『篠田春樹』という文字を見ながら物思いにふける。
今日は何もせずにいよう。連絡が無ければ明日…。明日?一人になれば落ち着くかと思ったのだが、考えれば考えるほど、篠田に電話の理由を聞きたくて仕方がない。明日、明日になれば冷静さを取り戻す事が出来るだろうか?冷静になれたなら、連絡せずに済ませられるだろうか??明日…
美沙の手の中のスマホの画面は篠田との過去のやり取りを表示している。
おはよう
おやすみ
おつかれさま
チビのこと
天気のこと
料理のこと
好きなこと
仕事のこと
昔のこと…
8月末で終わっている会話
気付くと美沙の指は
***
何かあったんですか?
あんまり元気がなさそうな声だったから心配で…
***
と送信していた。返事は来るだろうか?新たな心配が増えたが待つしかない。こんな時、急に時の流れが遅くなる。美沙はコーヒーを淹れると、読みかけの小説を開いた。活字を目で追うだけで内容は入ってきそうになかったが、何もしていないよりは些かマシだと思った。15ページほど読んだところでスマホが鳴った。篠田からだ。
***
ごめんね。
色々あって、疲れちゃって。
***
大丈夫ですか?仕事で?
***
違う。
奥さんと、ちょっとね。
***
「奥さん」その文字に、胸が締め付けられた。改めて確認させられる事実。揺るぎない事実。
***
喧嘩ですか?夫婦喧嘩は犬もなんとか…(笑)私に言っても無駄ですよ?
***
美沙はあえて戯けたことを書いたが、どんな理由であろうと篠田から連絡が来たという事実が嬉しかった。
***
喧嘩というか…。色々とね。
急に美沙さんに会いたくなって、電話したんだけど、反省してる。ごめんね。
***
その返信に、また美沙の心は乱される…。美沙が言いたくて仕方なかった一言を、押し殺し続けた一言を、いとも簡単に、そして突然に伝えられたのだ。
しかし同時に少し満たされている美沙がいた。
のちのこころに あひみての @makotrip
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