夏の終わり②
仕事を終え、車の中で一人になると美沙は自身に言い聞かせるように呟いていた。
そうだったとしても
大丈夫。ちょっといいなと思っただけ。
大丈夫。諦められるから。
大丈夫。
指輪をしていないと言う事だけで独身と決めつけ、実際のところを確認せずにいた。交わされるやり取りの中からも、家族のいる気配を感じられなかったが、それは篠田が独身だと決めつけていたからかもしれない。篠田からお盆休みに海に行ったと聞いたが、『誰と?』とは聞かなかった。篠田のような『普通』の35歳に恋人や妻子がいるのは寧ろ当たり前で、いない方が不自然かもしれない。スムーズに関係が進みそうな予感に舞い上がり、当然知っておくべき事を聞かぬままだった美沙の落ち度だ。
スマホが鳴った。篠田からのメッセージだった。
***
公園でチビそっくりな猫発見!写真集撮ろうとしたら逃げられた(笑)
***
遠くに小さく猫が写る公園の写真も送られていた。毎日よのうに交わしていたと言っても、こんな程度の内容だが、篠田に惹かれている美沙にとっては日々を彩るに十分値した。しばらく考えた末に
***
この写真じゃ確認出来ませんよ(笑)
新しいアイコン一緒に写ってる男の子は息子さんですか??
***
と返し、シートベルトをしめた。引くも進むも確認しなければ始まらない。
大丈夫。
一度しか会った事ない人だもの。すぐに忘れられる。
聞いてはみたものの、他人の子供とのツーショットをアイコンに使うとは考えられない。多分、篠田の子なのだろう。答えを待つまでもないと思いながら、本心は『違うよ』と答えてくれる事を願っている。考えても仕方のない事だとわかっていても頭から離れない。美沙はそんな自分にも動揺する。
そんなに好きなの?
一度会っただけの人なのに。
答えはYESなのだろう。篠田の返信が来るまで拷問のような時間は続く。堂々巡りの自問自答と失恋と少しの希望が錯綜している。家族に悟られぬよう、さっさと部屋に籠っているとチビがドアの向こうで開けてと訴えてきた。
「どうしたの?チビ、今日はおばぁちゃんの部屋じゃないの?」
ドアを、開けると美沙の足に顔を寄せ尻尾を立てて甘えながら
「にゃぁ〜」
と鳴いた。抱き上げると肩に頭を寄せゴロゴロ言っている。美沙は自然と微笑んでいた。
「可愛いチビちゃん」
ベッドに腰掛けチビの気がすむまで撫でることにした。
「お前を見つけた素敵な人には家族がいるみたい」
「にゃぁ〜」
大きな瞳を美沙に向け、チビは返事をしたらしい。
その日、篠田からの返信はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます